4.予想より歩きにくい道でした


 ザリ…ザリッ…ザザザ。

「火山灰ってやつは、滑るんだなぁ……」

 アレンダンは、やっとボルカノ火山の登山口にいた。ここにくるまでの間で、すでに火山灰の洗礼を受けている。

「お兄さん、今日は風向きがこっち向きだから、ダンジョンに行くのは明日にすれば?」

 ボルカノ火山上空の風向きをチェックしているという、ミクシの言う通りにすればよかったと後悔はひとしおだ。

「眼、痛ぇ……」

 この火山灰というのは、眼に入るとゴロゴロして痛い。目を保護するものがあった方がいいなと心のメモに書き足した。

「あと…マスクは必須だな」

 鼻から下をスカーフで覆っているが、喉のあたりは既にいがらっぽい。口の中もジャリジャリする。鼻の中もきっと灰が入り込んでいるだろう。それでも必死で歩いていると、目の前で戦闘になっている集団に出くわした。相手はどうやらスライムだ。妙に黄色っぽい、重たげな巨大泥団子を内包した様な形態だった。

(初めて見るな……あのタイプ)

 戦っているのは、どうやら地元で本業の傍ら狩を兼ねて冒険者をやっているらしいグループだった。

(奥にももう1匹いるな。気づいてるのかな?)

 奥の岩陰の方にいるのは、手前にいる黄色のものと比べれば、形は同じだが、色が濃い灰色だった。火山灰の色とほぼ同じだ。アレンダンはグループを観察するが、彼らはどうやら、奥のスライムには気づいてはいないようだ。

「おい、もう1匹いるぞ」

 アレンダンはなるべくスライムを刺激しない様に軽く走り込んで、1番後ろにいた弓使いの男に小声で伝えると、彼はハッとして擬態するかのように色を変えていたスライムに眼をやった。

「すまんな。こいつには弓が効かないんだ」

「核を打てないのか」

「火山灰や溶岩の冷えたやつを沢山ずんばい取り込んでて、よっぽど強弓か浅いところで核が見えてる状況で打たない限り、打っても奥まで刺さらないんだ。俺はスキル持ちじゃ無えし」

「なるほど。見た目のまま泥団子なんだな」

「灰と溶岩団子だけどな。泥の方がマシだ」

 男が苦笑した。

「あの黄色いのは?」

「あれは遠隔でやらないとヤバい時があるんだよ。自爆してガスを出す時があってさ。ガスがゆいのまともに吸ったら死ぬ時もあるんだよ」

「あとは、普通のスライムか?」

「そうだ」

「手伝って良いか?」

「助かる。俺らの獲物は鹿と猪だからさ。倒してくれたらあんたに全部やるよ…でも金になるかな?」

「金っていうか、この辺の調査もしてるからさ」

 アレンダンがそれだけ言うと、男は合点がいったらしく、警戒しつつスライムから距離を取り始めた。アレンダンは前列の槍を構えた男にギリギリ聞こえる音量の声で話しかけた。

「あのさ、スライムが本命で無かったら、譲ってくれないか?」

「助かるぜ!そいつのガスには気ぃつけろよ!」

 もう1人の男も後ろに下がった。

「分かった」

 アレンダンは、愛剣を両手に構えた。アレンダンの得意な武器は双剣と呼ばれる2本1組の小型の剣だ。

「『我願う土の力を…』」

 特訓の末に初級魔法の詠唱時間はとても早くなった。口の中で唱えても大丈夫だと知ったのはまだ駆け出しの頃だったか。

 対峙したスライムは、今まで見てきたものよりもだいぶ大きい。王都の近辺で出る個体の1.5倍はあると思われる。

(黄色いのは、もしかしたら硫黄ってやつかもな)

 ボルカノ行きが決まった時に、下準備の際に王都の図書館で調べた本に載っていたものを思い出した。

(うん、ここは標本がほしい)

 ここまでの時間は、およそ3秒。

「『土礫ストーンバレット』!」

 アレンダンがはっきりと口にした瞬間、が3つほど、恐ろしい速さで後ろの灰色のスライムに飛んで行った。同時に、ザリザリと音を立ててアレンダンが黄色のスライムに肉薄する。

「オラァ!」

 勢いを利用してそのままスライムの上半分を切り飛ばした。

(通ったか。助かった)

 そのまま走り抜ける際に、もう一本の剣をスライムに突き刺し、移動を制限することに成功した。そのまま離れたところにいる灰色スライムに走り寄る。

 ボフン!という音がした。

チラリと横目で後ろを見ると、黄色の泥団子…いや灰団子スライムがいた辺りに、地上1メートルほどのキノコ型に、濃い黄色いモヤが吹き出していた。おそらく、これがたまにヤバいというガスなのだろう。思ったよりもその場にとどまるタイプのガスのようだ。

 灰色スライムは、どうやらまともに2発食らった様で、もう虫の息だった。空いた風穴から、黒っぽい核が見えた。そのまま剣で核を向こう側に弾き飛ばすと、スライムの体はその場に崩れる様に倒れた。

「『我願う風の力を…』」

 形はだいぶ歪になったが、まだその場にあった黄色のガスを風魔法の『旋風ウィンドミル』で上空へ散り散りに吹き飛ばした。

「あった!」

 視界がクリアになったそこに、目当てのものを見つけてアレンダンは小さくガッツポーズをした。ヌメヌメとしたスライムの粘体におおわれた、黄色い石だ。最近やっとローンが終わった大量収納のアイテムバッグ…腰に結わえたそれは、見た目は普通の道具袋のようだ…にそれを入れる。灰色ものも同様に、一部と核を仕舞い込んだ。

「おーい!」

 呼びかけられて振り向くと、先程の男2人が手を振っていた。

「ガス大事だったかぁ?」

「大丈夫だったよ。わざわざ戻ってくれたのか?」

「かなりゆいガスが上がってたからさ。吸い込んでたら不味いだろう」

 濃ゆい、という言い方は方言なのだろうか。なんにせよ、気遣ってもらえたのは嬉しかった。

「まあ、風魔法が使えたみてぇだから、余計なお世話だったかな」

「いやいや、ありがとう。スライム譲ってもらえてこっちも助かったよ」

「兄ちゃん、ギルドの人だよな?なんでスライムなんか調べるんだよ。ダンジョン調べにきたんだろ?」

「前の兄ちゃんは、毎日潜ってたぜ」

 ……毎日潜ってて、あのマップかよ。アレンダンは心の中で毒づいた。おそらく、ダンジョンのドロップ品にしか興味が無かったのだろう。

「この辺の魔物や獣の調査も込みで受けてるんだよ。そのうち……まあ時間はかかっても、ちゃんと解体屋も買取屋も出来る様にするつもりなんだ。その時はよろしく」

「お兄ちゃん強えし、こっちこそよろしくな!」

 男2人は、獲物を探しに行くと言ってしばらく進んだ先で別れた。いくつかの魔物の生態情報を教えてくれたのがありがたかった。

 ザリザリと進んだ先に、少し開けた場所と、その奥にぽっかり開いた洞窟が見えた。


———ボルカノダンジョンの、入り口だった。

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