決戦

城の攻略は騎士団の斥候部隊の活躍もあり順調に進んでいた。




 と言いたいところだったが、斥候部隊の出番はほぼほぼ無かった。主な原因としては有言実行が信条のリューレが、作戦上斥候部隊が城砦に突入した後に合流だったはずが斥候を追い抜いて一番乗りを果たしたのだ。




 勇者の中での一番乗りではなく、戦場の誰よりも早く辿り着くという意味だったらしい。




 案の定、城砦の中は排除していない覇族だらけ。リューレはそれを気に留めることなく、氷のつぶてによる竜巻で建物を破壊し、生きている覇族は降雪祭の氷像となっていた。さすがは氷の乙女、覇族に対する容赦のなさは新聞の誇張表現よりも過激だと思うのは自分だけだろうか。




 そのおかげで当初の予定よりも早い段階で敵軍の懐へ潜り込むことが出来た。


 クラロスたち三勇者は覇王が待ち構える城の最奥部まで来ていた。白煉瓦で造られた大広間には石の床ではなく瑠璃色の草が生い茂っていた。




 「もうリューレだけでいいんじゃないか?」




 「はん! 雑魚なんて、いくら集まったって塵同然なのよ! むしろ相手してもらえるだけ感謝してほしいくらいだわ」




 錫杖から飛び降りたリューレは雪のようにふわりと着地する。多数の覇族を根絶やしにしてもなお、疲れた様子すら見せない。




 魔術師の中でも限られた者にしかしようできない浮遊術。リューレはその限られた者の中でも、重力関係なく自身の肉体を浮き沈みさせることができるどころか、風や鳥よりも速く飛ぶことが出来る。




 浮遊術とは基本的には物質を浮かせる程度の魔術なのだが、天才であるリューレは例外中の例外としてこの世の万物を自在に浮遊させることができる。




 「そうは言ってもだな…、まぁ騎士のメンツとかいってもわかんねぇか」




 「メンツなんて気にしてたら命がいくらあっても足りないわよ。凡人は凡人らしく目の前のことに足掻いていればいいのよ」




 「それを凡人の俺の前で言うかね」




 リューレの言葉にガクッと肩を落とす。クラロス自身、必死に足掻いて足掻いてようやく勇者になれたのだ。それでも天才には及ばない部分がある。凡人に天才の苦労が分からないのと同じように天才もまた、凡人の苦悩がわからないのだ。




 「あんたの前だから言うのよ」




 「さいですかい」




 俺の前だから―――、か。




 それはもっと努力してあたしに追いつきなさい、という意味なのだろうか。上等だコンチクショウ、追いつくなんて生温い、追い抜いてやる。と前向きにとらえよう。




 「―――クラロス」




 カルムは広間の奥を見据え、護刀・透刃斬牙の柄を握る。




 禍々しい気配と共にふたつの灰色の霧が色濃く漂う。人型に形造るそれは一振りの大剣を携えた騎士の姿をした覇族、ネクロナイト。




 幹部クラスというわけではないが戦闘面に特化した覇族で、並の騎士では何人でかかっても甲冑に刃は届かない。おまけに魔術防御が施されているので、下手に魔術で戦うと術者に返されてしまう。




 「前哨戦にしてはキツくないか!?




 「来るぞ」




 二体のネクロナイトはクラロスとカルム、それぞれに突撃する。甲冑と大剣の重量を感じさせない速さ。呼吸を一つ挟む間に距離を詰められる。




 クラロスは聖槍グリフィリーベを構え、魔力を注ぎ込む。




 「後ろにはじゃじゃ馬娘がいるんだ、悪いが止めさせてもらうぜ」


 キーキー騒ぐ声が聞こえる気がするが気のせいということにした。




 魔力を注ぎ終えた聖槍グリフィリーベの柄を地面に突き立てると、巨大な魔法陣が刻まれる。刻まれた魔法陣を囲うように魔力障壁が展開され、ネクロナイトは障壁に大剣を薙ぐ。




 聖槍グリフィリーベ―――、片刃槍の形状をした純白の長槍で、特筆すべき能力は防御力にある。絶対に折れることのない柄、帝国の研究者いわく、現存しているどの金属にも当てはまらない特殊な金属だという。よくしなり、よく魔力を通す。本体の頑丈さはさながら、聖槍グリフィリーベを媒介して魔力を通した後の魔力障壁は、大地を裂く龍種の息吹すらも防ぎきってしまう。




 鉄壁を誇る防御力を前にネクロナイトの大剣は弾かれ、体勢を崩す。




 クラロスは崩れた隙に向かって槍を穿つ。




 右肩、左肩、鳩尾を狙った三連突き、体勢を立て直す猶予を与えない突きで確実にダメージを与える。鳩尾に向けて渾身の一撃で最後の突きを当てると、ネクロナイトは大きく仰け反った。




 続けざまにクラロスは追撃する。




 相手は甲冑だ、斬撃は通さないので突きと打撃による攻撃で鎧の上からダメージを通す。




 頭部への突き、しかしネクロナイトは体勢を紙一重のところで立て直し、それを大剣で防いだ。




 単純な力比べではネクロナイトに軍配が上がる。




 クラロスの槍は弾かれ、ネクロナイトに攻撃へ転じる時間を許してしまった。弾かれた槍を強引に引き戻し、振り下ろされる大剣の軌道を逸らす。




 大剣は地面に打ちつけられ、土が跳ね上がる。ネクロナイトはそれを軸として蹴りを放った。




 槍で蹴りを受け止めるが、魔力を乗せた強烈な一撃を受けきることが出来なかった。




 大きく飛ばされたクラロスの体は地面を打つ。衝撃で呼吸が乱れそうになるが堪える。息を乱していたら次の対処が間に合わなくなってしまう。




 読みの通り、ネクロナイトは追撃として魔術を放つ。ネクロナイトから放たれた黒炎の小火球はクラロスに直進する。




 体を横に転がし、丸焼きから逃れた。脚に魔力を起こして地面を強く蹴る。


 突進の勢いを槍に乗せて刺し穿つ。本命は穿たれたのは槍本体ではなく、聖槍グリフィリーベを介して鋭く煉られた魔力の刃。




 ネクロナイトは防御の姿勢に入ろうとするが、間に合うことなく胴体に魔力の刃を直撃した。胴体に大穴が空いてもなお、ネクロナイトは衝撃によって後退する体に踏ん張りをかけて止める。




 だが、カルムが吹き飛ばしたと思わしきもう一体のネクロナイトがぶつかり合い、二体のネクロナイトが揉み砕かれる。




 「余裕そうだな、カルム」




 「準備運動にもならん。―――!? 下がれ、クラロス」




 「―――いよいよお出ましか」


 肌を刺すような緊張感が広間の奥からゆっくりと訪れる。ネクロナイトとは桁違いの魔力の質。戦場に立つ者でなければ、あまりの禍々しさに意識を飲み込まれてしまうだろう。




 「久しぶりだなぁ? カルム=トワイライト」




 「ゼルガシュ…!」


 カルムにゼルガシュと呼ばれた男は双角を生やし、全身が黒銀の鱗に覆われた正真正銘の悪魔。ブリーフィングで要注意人物としてリストアップされていた覇族の幹部であり、カルムにとっての因縁。




 「お前たちは前線に出ろ、こいつらは俺がやる」


 ゼルガシュは二体のネクロナイトに命じると、自身の魔力から二振りの曲刀を創り出した。




 「クラロス、リューレ、作戦通りお前たちは先に行け。こいつは俺が斬る」




 「わかった、隙を見つけて突破するぞリューレ」




 「はいはい。カルム、あんた死ぬんじゃないわよ」




 作戦は幹部二体を各個撃破、最奥で陣を構える覇王はクラロスが相手をするというものである。クラロスの技量では二人の天才に遠く及ばないが、最強の聖具、聖槍グリフィリーベの力があれば倒すことが可能と推測される。




 「軽口は自分に聞かせておけ。―――突破口くらいは作ってやる」


 カルムは刃を鞘に収め、居合の態勢に入る。




 「居合の型はこれで何度目だ? 少しは剣を磨いたと思ったが、とんだ買い被りだったようだな!!






 刹那―――。ゼルガシュとカルムの姿が消える。






 「クソが! オメェのような脳筋剣術じゃねんだよ!」


 再び姿を見せたのは広間の中央。ゼルガシュの二刀をカルムは刀を抜かずに受け止めている。ちなみにカルムの口調が荒々しくなっているのは、普段はクールを装っているが戦闘になると熾烈な性格になる悪い癖がある。




 カルムは刀を翻し、蹴りと鞘による打撃を与え、刃を抜く。




 「リューレ、今だ!」


 クラロスの合図にリューレは頷き、広間奥の通路へ走る。カルムがゼルガシュを抑えている今が突破するチャンスだ。




 「行かせるかァ!!」


 曲刀の一振りが回転してクラロスの足にめがけて飛んでくる。




 「―――くっ!」


 聖槍で弾く。だが回転が止まることが無く、生物のように変幻自在に動線を描く。聖槍で刃を防ぐのが精一杯で完全に足止めされている。




 「どきなさいクラロス! あんな包丁、私の魔術で消し崩してやるわ!」


 リューレから魔力の冷気が迸る。無垢杖ジャンヌ・ブランシュは蒼白に輝き、リューレの強大な魔力を更に増幅させる。




 「それが聖具、無垢杖ジャンヌ・ブランシュか。見た目の美しさとは裏腹に冷徹な気配がムンムンするな」




 「しまっ―――!」




 クラロスが曲刀を防ぐことに集中していたせいでリューレの背後をゼルガシュに回り込まれてしまった。リューレの意識はクラロスが防いでいる曲刀に向けられており、ゼルガシュへの反応が遅れる。




 「もらったァ!!」






 「オメェの相手は俺だボケが!! 余所見してんじゃねぇ!!






 走技『疾風活脚』を駆使しカルムは風よりも素早く、リューレを襲う刃を鞘で弾いた。そして手首を返し、一閃。カルムの刃はゼルガシュの胴体を切り裂いた。




 「クラロスッ!! 早く行けッ!!




 「あんがとよカルム!」


 クラロスは追撃しようとする曲刀を槍で叩き落とし地面に沈める。通路まで邪魔をする者はいない。リューレの手を引き通路へ駆ける。




 「ハハハッ!! いい一撃を貰っちまったじゃぁねぇか!! 透刃斬牙はやっぱ痛ぇなぁ!?」




 地面に倒れこんでいたゼルガシュは高笑いし、軽々と起き上がる。胴体の傷は瞬く間に塞がり、カルムの斬撃が無かったかのように完治した。




 「今こそオメェを再生出来なくなるまで殺してやるよ」






××××






 「自分で走れるから離しなさいよ!」




 「ああ、わりぃ」


 走ることに夢中で手を強く握りすぎてしまっていたらしい。覚悟していたとはいえ、いざ強敵を前にすると緊張してしまう。リューレの手を離し、後方を誰か追ってきていないか警戒する。




 「まったく、レディを走らせるんじゃないわよ。こういう時はお姫様抱っこでエスコートするのがジョーシキでしょ?」




 「いやそんな常識は初めて聞いたぞ。というかここは戦場だからな!?」




 「言われなくてもわかってますよーだっ! カルムなら心配ないわよ、今日の為に修行を積んできてたみたいだし。もちろんあたしだってそう! 新しい魔術をいくつも開発したから負ける気しないわよ」




 カルムのことを心配していることを察して元気づけてくれている。リューレとカルムは犬猿の仲ではあるが、互いの実力は信頼している。




 実際、護刀・透刃斬牙は光を裂き闇を断つ刀と言われている。それを所持するカルム自身も剣聖と崇められており、数々の剣技を生み出しては帝国の民へ剣術指導を行っている。そんな彼が己自信を更に高めたのだ。リューレの言う通りカルムを信じることにしよう。




 「あんがとよリューレ。さ、俺たちも前に進むか」




 「順番的に次はあたしなんだから先頭歩かせなさい。あの魔族―――じゃなかった、覇族のコトだから堂々とあたしを待ってると思うわ」




 陽気にも鼻歌を歌いながら赤絨毯の廊下を歩き始める。緊張感がないというか肝が据わっているのか、怖いものは何もないと言わんばかりの足どりだ。




 リューレの宿敵である覇族、名をコロフネラという。氷結魔術を得意とするリューレとは対照的に火炎魔術を自在に操る。正反対の性質ゆえ、リューレとコロフネラの衝突は大地を抉るだけ抉って決着を何度も引き延ばしていた。




 だが今日は違う。




 リューレの瞳には覚悟が宿っていた。天才たる彼女は99%の閃きと1%の努力によって魔術が作られる。そんな彼女が、今日の決戦のために努力のリソースを半分以上割いたのだ。




 彼女は努力をしないのではなく、出来ない。努力をしてしまうと規格外の発想が生まれにくくなるとかなんとか言っていたが、そのハンデすらも覆してしまうのはリューレらしいといえばらしかった。




 「着いたか」


 廊下を抜けた先、眼前に広がるのは天高くそびえる数々の本棚。帝都の大図書館に匹敵する書物の数は圧巻であった。




 「ふぅん…ココの書物、全部魔導書みたいね」




 「これ全部だと…!? 魔術学院の賢者たちが知ったら卒倒するだろうな」




 魔導書というのは人類にとっては希少な書物である。書物自体に魔術が込められており、魔術に適性があるものが手に取ると魔術が半自動的に起動する。危険なものではあるが、中には未知の魔術が込められていることもあり、魔術を研究しているものにとっては命よりも貴重なお宝らしい。




 リューレにとっては大して物珍しく無いようで、「こんなの誰だって出来るわよ」と魔導書に込められている魔術をいともたやすく自分の魔術として再現する。魔術を創り出す側の彼女からしてみれば、一流料理人が書店に並ぶレシピ本を読む感覚なのだろう。




 「ふふふ…待ってたわ、待っていたわ」




 迷路のように入り組んだ本棚の奥から細く冷たい女の声が響く。




 「言ったとおりでしょ? 律儀にあたしを待ってやんの。気持ち悪いったらありゃしないわ」




 無垢杖ジャンヌ・ブランシュを振り上げると白銀の煌めきと共にリューレの魔力が凄まじい勢いで煉られる。




 「伏せてなさいクラロス!」




 「いきなり大技かよっ!」


 クラロスに構うことなく詠唱を始めるリューレ。言葉を紡ぐ度、冷気を帯びた魔力は彼女の周囲を螺旋し、肥大していく。




 「愛しのリューレ! 待ってたのよ!!




 そしてコロフネラが姿を見せる。全身に烈火のドレスを纏い、灼熱よりも紅い髪は声の印象とは違った猛々しさを思わせる。




 「炎……じゃねぇ!? マグマだと!?




 コロフネラは3メートル以上の高さのあるマグマの波に乗っていた。魔導書が収められている本棚を次々と呑み込み、灰に還していく。




 「愛しの愛しのって…!! 毎回毎回気持ち悪いのよーー!! 永久に眠ってなさい、『フローズン・ウインド』!!」




 錫杖によって増幅された魔力は白銀の吹雪となり、コロフネラのマグマの波に吹き付ける。




 相性は不利―――、と思われがちだが全てにおいて規格外のリューレの魔術は相性の有利不利は問題でない。万物を氷結させるリューレの吹雪はみるみる内にマグマの流動を止め、マグマが入り混じった巨大な氷壁が図書館を埋める。




 「ああ…リューレ、私の、私の愛を受け止めてくれたのね!!」




 「っだァーーー! 勘違いしないでよね! あんたなんかこれっぽっちも気に留めてないんだからね!」




 コロフネラを倒すための努力をしておいて全く気に留めていないは嘘だろう。だがまぁ、拒絶したくなる気持ちはわからなくもない。同性の、しかも敵対している他種族からの愛という名の歪んだ殺意を向けられたら、こちらも殺意で返すしかない。




 コロフネラは氷壁から降り立ち、恍惚とした笑みを浮かべてリューレを見つめる。まるでクラロスの存在など気にも留めていないようだった。




 「リューレ、リューレ……! 会いたかったわ。自分で慰めるのは飽きてしまったの、満足できないの!! 貴女の冷たい氷で私を絶頂の彼方まで連れて行って」




 「おいリューレ、いつもあんなやつと戦ってたのか? 随分と熱烈にご執心のようだが」




 「あいつと対等に魔術でやり合えるのはあたしだけなのよ。そのせいで粘着されてるわけ、はぁ……。頭が痛くなるわ」




 額を押さえてやれやれと。


 好敵手が文字通り、好きな敵となってしまったわけか。




 「コロフネラ、長かったけれど今日であんたとはお別れよ。あんたの炎はあたしが鎮めるわ」




 「リューレ、リューレ!! ようやく私の愛を受け止めてくれるのね! この日をどんなに待ちわびていたことでしょう…っ! さぁ…存分に愛し合いましょう?」




 「アァーーーっ!! 相っ変わらず話がかみ合わないわ!! こっちは大真面目なのにイライラするーっ!」




 話を聞かないコロフネラにペースを乱されるリューレ。




 「落ち着けリューレ。話を聞こうが聞かなかろうがお前のやることは一つだけだ。幸いにも俺のことは眼中にないらしい、とっとと覇王のところに向かわせてもらおうじゃないか」




 恐らくこの先が、覇王が待ち受ける部屋となるだろう。次へ続く通路を探したいところだが、巨大な氷壁と数々の本棚が視界を塞いでいるので場所を特定できない。図書館の中を探し回らないといけない。




 「そう簡単にいけばいいけどね。あいつの魔術、見ての通りなんでもお構いなしで見境ないわよ?」




 「俺とお前のコンビなんだ、突破するだけなら朝飯前だろ」




 言って、リューレは笑みをみせる。その言葉に自信と勇気が湧いたようだ。




 「ええ、そうね! あたしたちなら余裕も余裕よ!」




 お互いの武器を構える。今のリューレはこの上なく気迫に満ちている。コロフネラを一人で相手取っても、苦戦することはないだろう。




 「ふふ、ふふふ―――、ふふふふふふふっ! 昂る、昂るわ!!




 細く、冷たい声だったコロフネラは纏っている炎のドレスを燃え上がらせると、激熱的に声を荒げる。そして指を鳴らすと、氷壁によって凍結させられたマグマが光を強く発する。




 「くるわよ! クラロス!」




 「あいよ!」




 聖槍グリフィリーベはクラロスの魔力に呼応し、巨大な防壁を展開する。




 氷壁のマグマは爆発を起こし火山の噴火の如く、高温の氷塊の雨を降らせる。もしもあと一手、防御が遅ければクラロス達は全身に大火傷を負っていただろう。




 「さっきの部屋ではまともに戦えなかったけどっ! あたしだってその気になれば戦えるんだから!」




 帝国騎士団における魔術師の役割というのは強化・治療による後方支援と、魔術攻撃による遠距離攻撃。どちらも任されるのは後衛で前に出て戦うものはいないに等しい。それをリューレは覆し遠近の両方を、魔術を使用して戦うことが出来る。




 クラロスがマグマを防ぐ中、リューレは魔術を展開する。無垢杖ジャンヌ・ブランシュはリューレの魔力を冷気へと変換し、ミストを放出する。




 「凍結せし霹靂の草原―――、吹き荒ぶ雷の氷河―――」


 詠唱は術者の魔術効果をより具体的に強力な結果を生むアクセント、イメージが強く固まるほど魔術は強大になる。




 「絶対零度の大地―――! フロスト・ミスト!!」




 錫杖を地面に突きつけると氷が弾けるような快い音が響いた。冷気を帯びたミストが広範囲に広がり、図書館全体に張り付く。




 「今よ! 飛んで!」




 リューレの合図で大きく跳躍する。そして地面を這うミストは白銀に輝き、氷の大地を作り上げる。氷はリューレの独壇場だ。絶対零度の静止の世界ではリューレの思うがまま、敵の生殺与奪の権を握ることができる。




 そしてクラロスとリューレの靴底には氷でできたブレードが創り出され、氷上を自由に滑走する。




 並みの敵であれば、フロスト・アースによって足元から氷漬けにされ崩れ落ちるだろう。実際、城門からの突撃の際にリューレが放ったフロスト・アースで一網打尽にしていた。




 だが、コロフネラは並みの敵ではなかった。




 凍らせた大地をコロフネラの炎を纏った脚が蒸発させていく。リューレの魔術ではコロフネラの動きを止めることはできない。




 コロフネラは簡略化した詠唱を終わらせると片足で地面を踏みつけると紅蓮の魔法陣が浮かび上がり、間欠泉が如くマグマが噴きあがる。コロフネラは呑み込まれることなく、柱となった噴きあがるマグマの上に立っていた。




 「おいリューレ、本当に勝算あるんだろうな!?




 ゼルガシュとはまた違った強大さを感じる。剣術という技術を駆使して戦闘するゼルガシュに対し、コロフネラの戦闘スタイルは内に秘める強大な魔力をそのまま具現化したような化け物染みた極悪さを感じる。




 コロフネラの扱う魔術は全てが極位魔術だ。生み出される魔術は規模と質によっていくつかの位に振り分けられる。生活に使用する程度の魔術は下位魔術、戦闘に使われる魔術は中位魔術といった具合だ。




 極位ともなると自然の生態系を歪みかねない程の規模の魔術となり、消費される魔力量から並大抵の魔術師では一生に一度使えるかどうか不明である。




 「ふん、あんた、あたしを誰だと思ってるの? 稀代の天才魔術師、リューレ・カム・ヘフティグよ。そこらのぺーぺー魔術師と一緒にしないでもらえるかしら?」




 「大した自信だぜまったく」


 強大なのはリューレだって同じだ。常人が耐えられない極位魔術をいくつも即興で生み出しては、自身の魔力を湯水のごとく使用することが出来る。




 「ほら、あんたこそさっさと覇王んとこ行ってちゃっちゃとぶっ倒してきなさい! 死んだら承知しないんだから!」




 「おうさ! アイススケートってのは未だに慣れないもんだが、走り回るよりかは幾分楽だ。リューレこそ、俺が迎えにいくまでやられるんじゃねぇぞ。帰るときは3人一緒だ。」




 拳を互いに突きあって別れの挨拶。そして再会したときは手の平を打ち合う。それが、俺たちの別れと再会の挨拶。




 「バカね……、一番危ないのはあんただってのに…。あんたこそ死んだら許さないんだから…」




 リューレの零した言葉は、遠ざかるクラロスには届かない。いつの間にか大きく、遠くなった平凡勇者の男の子。ほんの少し前まではすぐ傍に感じられたはずなのに、自分を追いかけてきていた男の子は一歩前を歩き始めていた。




 「リューレ、リューレ。どうして泣いているの? 悲しいの?」




 リューレの頬には一筋の涙が。意図せず零した一雫に驚きつつも、納得の笑みを浮かべる。




 「いいえ、コロフネラ。あたしは喜んでいるのよ」




 いつの日か、こっそりと聞いたあの言葉。自分と並び立つまでは受け止めないと言った。だけど、いつか並び立ったその時は―――、




 「ええ! ええ! わたしもよリューレ!! あなたと愛し合えることに喜びを感じるわ!!」




 「最後の愛し合いといったところかしら?」




 氷と炎。相反する二つの魔術が図書館の原型を留めることなく激しくぶつかり合う。






×××××






 覇王の鎮座する広間へと続く道は意外にも簡単に見つかった。といってもリューレとコロフネラが衝突したおかげで巨大本棚が崩れ、その先に隠し転送装置を運よく発見したのだった。




 帝国騎士団の情報部によると、覇王の待つ広場は専用の道からでないと侵入できないようになっているという。外部から無理に侵入しようと試みるも、気がつけば意図せぬ場所に強制転移させられてしまうという。




 だからこうして敵の中枢ど真ん中を、実力と実績のある勇者が突入する羽目となったのだ。




 「ええっと、転送装置は魔力で起動するんだっけか?」




 帝都にも転送装置はあるが使用するには国の許可が必要で、その上専属の魔術師のみが起動を許可されているのでクラロス自身で起動させるのは初めてのことだった。




 「変なところに飛ばないでくれよ……!」




 操作盤に手を当てて魔力で起動させる。


 転送床に幾何学模様が複雑に浮かび上がり、魔力の粒子がクラロスを包み込む。




 「カルム、リューレ…。必ず終わらせて皆で帰るからな…!」




 意識が暗転。




 転送装置は何度使用しても慣れない。移動は楽だが、気絶したかのような意識の暗転はほんの一瞬でも戦う者にとっては肝が冷える。




 「―――っと…。おっと、いきなり覇王様の部屋に飛ばされるとは思わなかったぜ」




 広大な、水と大理石の大広間。煌びやかな噴水の数々は帝都のどこを探しても見つからないだろう。そして水で形作ったオブジェの奥に玉座が、倒すべき覇王と呼ばれる人間に似た覇族が鎮座していた。




 「オレを倒しにくるのが随分と貧弱な人間とは、コケにされたものだな」




 「はっ! その台詞は何千何万と聞き飽きたぜ! それにそうやって言った魔族の大半は俺にやられるのが道筋だぜ? いや、今は魔族じゃなくて覇族だったな、覇王さんよ?」




 もっと言ってやれと言わんばかりに構えた聖槍グリフィリーベは強く煌めいた気がした。どちらにしろ、俺も相棒も気合気力充分というのは確かということだ。




 「そうか、貴殿が件の運命に囚われし人間か。いいだろう、オレの名はシュドラドール。さっきの言葉は尊敬と畏怖を込めて撤回させてもらおう。オレとて馬鹿ではないからな」




 「おっと…そいつは恐れ多いね。なにせ撤回するっつったのは覇王さん、お前が初めてだ」




 聖槍グリフィリーベを見るや否や、覇王から溢れ出る魔力の質が大きく変わった。肌に電撃がはしるように、息をすると肺がやけるように、本能レベルで命の警笛を鳴らす。




 「―――こい、勇者。全霊をもってして貴殿ら人間を滅ぼして見せよう」




 「そうさせないために俺たち勇者がお前を倒しに来たんだ。行くぞ相棒!」






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