地球最後の告白を甘く美しく

水原麻以

地球最後の日

地球最後の告白を甘く美しくシンプルで切なくて、

それでいてたおやかでちょっぴり勇ましくて

清々しく締めくくりたい人は多いだろう。


もし、今日で人類が滅ぶとしたら貴方はどんな一日を過ごしますか。擦り切れるほど地球のどこかで試された命題だ。

模範解答はおおむね、以下の通り。

「家族や親しい友人と語らう」

「初体験を梯子する」

「最後の晩餐の食卓に大好物を並べる」

「全財産をはたいて趣味を満喫する」

「いつも通りの日常を過ごす」

「雄大な自然のなかで明日の夜明けを信じながら眠る」


どれもこれも荒唐無稽で非現実的だ。だいたい滅亡が間近に迫っているのに落ち着き払っているとは並み大抵の精神状態ではない。


真っ当な人間なら最後の最後まで突然の滅亡を拒むだろう。

死を恐れ、逃げまどい、どうにか自分や妻子だけは避難できるよう東奔西走し、知恵や努力や根性の限りを尽くして運命の神に特別な計らいを期待し、命の無事と引き換えに断腸の思いでかけがえのない大切な何かを手放すのだ。


しかし、しかしだ。上記のような艱難辛苦に臨むどころか恵まれた境遇にありながら好んで破滅に近づいたり歓迎する人間がいる。


なんてことをしてくれやがるのだ。


東京のはずれにある高尾山から今その迷惑の全貌を俯瞰することが出来る。実際、最後の貴重な一日をシュプレヒコールや抗議行動に費やす人たちでごった返している。

山道の入り口には違法駐車がひしめき合い、それらを相手にした商売が横行している。世界滅亡反対家系ラーメン、滅亡タピオカ、アンチ滅亡カレーから滅亡反対ロゴ入りTシャツ。

あげくは滅亡ちゃんというご当地美少女キャラまでデザインされ予約購入者には等身大フィギュアが後日発送されるそうだ。


まさに、人類滅亡反対ビジネスたけなわである。この高尾山かいわいにもたらす地域経済効果は二十億円とも三十億円ともいわれる。


その元凶となっているのが遠くにそびえたつ破滅の自由塔だ。


事の発端は遡ること三か月前。地球の破滅が確定したことだ。かねてより破裂する破裂すると言われてた柘榴座の巨星が超新星爆発を起こす。

アメリカのメルクストーリア宇宙天文台衛星と量子コンピューターのシミュレーションにより正確な日時とガンマ線バーストの詳細が判明した。


放出のウインドウがきっちり太陽系に向いており地球は致死量の被爆に晒される。成層圏の大気成分がガンマ線照射をうけて化学変化を起こし強酸性の液体となって地表に降り注ぐ。人類に逃げ場はない。


未曾有のピンチに際して国家指導者や有志が手をこまねいているはずもなく様々な国際プロジェクトが立ち上がった。



「滅亡の自由党」もその一つだ。

彼らは正義感と公明正大を掲げてガンマ線バースト対策プロジェクトを攻撃し始めた。


「私たち有色人種には滅亡する自由がある」ととんでもない事を言いだした。もちろん、精神を病んでいるかカルト宗教の資金集めだろうと最初はだれも相手にしなかった。だが、放置している間に彼はSNSや動画で陰謀論を拡散し世論の三割程度を味方につけた。


黒人の宣教師が声高に叫んでいる。

「対策プロジェクトに黒人の参加者が少ない。人口配分を適切にしろ」

「プロジェクトは滅亡を好む人々に対する侮辱だ。差別だ」

「白人が不当に滅亡する権利と機会を奪おうとしている」


とんでもない妄言だ。人種や宗教や思想信条にかかわらず、人類滅亡を忌避する者はいるだろう。それらの意志を無視して、まるで総意であるかのようにくくられても、同じ有色人種は迷惑だろう。


しかし、滅亡の自由党は批判を切り捨てた。

「過去何百年、何千年にも渡って『自分たちが嫌だから』の総意で苦しめてきたのはお前たちじゃないか」


そう宣言して破滅の自由塔を都内の私有地に建立した。


彼らの声明によればガンマ線バースト到着の瞬間にそれをエネルギー源とした特殊怪光線が発射される。

その力は絶大で地上、地下を問わずプロジェクトに参加するあらゆる機器をショートさせるという。


破滅の自由塔はコミュニティーFM局の空中線発射装置として正式に認可され放送免許も降りているため総務省も手は出せない。

ただ、支持者たちはそのアンテナが当局を欺くための偽装でありプロジェクト阻止に必要な機能を十二分に隠し持っているという。


詳しい回路図や大学教授による科学的解説そして信者によるわかりやすい説明動画が拡散されていて、いちがいに嘘とは言い切れない。

彼らの妄想を論破しようと何人もの自称有識者がSNSに乗り込んでいったがグラフや図表や数式の嵐で散り散りに吹き飛ばされた。


短い冬の日が暮れて自由塔がライトアップされた。彼らの希望どおり人類滅亡が成就するかどうかはわからない。


ただただ最後の一日にこのような抵抗の意志表示できたことを以てして、ささやかな満足とするものである。






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