居場所
べる
うずまき
横浜の海に白鯨が沈んでいた。その様子を眺めている赤髪の少女が一人。
「あいつ、死ななかったのね。」
ギルド壊滅よりも〈彼〉のことに意識が向いたのは無意識の内だった。
ルーシー・モンゴメリは白鯨の沈んだ海に背を向け街の方面へと歩き出していた。あいつ―中島敦―に会いに行くためだ。白鯨で別れて以来会っていない。ギルド戦が終結し、何故かもう一度彼に会いたくなったのだ。
(別にあんな奴どうでもいいのよ。ただ、送り出した手前、本当に無事かどうか確認するだけよ。)
と心の中で誰にするでも無く言い訳を取り繕う。しかし、行く当てはない。なにしろ彼女にとってここは異国の地。敦にたどり着く手がかりはないものかと考えあぐねているうちに一つだけ敦について知っていることを思い出した。
数十分後、彼女は交番から出てきた。先程から考えていた敦の居場所を探す手がかり。武装探偵社だ。ギルドに勝った組織だ。この横浜で知らない者はいないだろうと交番で尋ねていたのだった。
「あの、人捜しをしているのですけど。」
そう言って交番に入っていったルーシーは懸命に協力を求めた。
「敦って名前のトラ猫をご存じない?」
「猫ですか?」
「あっ、いえ、人間よ!あのー、前髪がすごく変で・・。あっ、そう!武装探偵社の社員の!」
結果、その警官は敦のことまでは分からなかったが、武装探偵社と言えばすぐに分かったようで場所を教えてくれた。やはり、武装探偵社という組織はかなり有名らしい。
教えられたビルの前まで来た。探偵社は四階らしい。しかし・・・入れない。勢いでここまで来たものの本当にここに敦はいるのか、会えたところで何を話せば良いのか全く分からない。ここにきて、怖じ気づいてしまったのだ。どうしたものかと考え込んでいると、一階の喫茶店の店主が開店の準備に外に出てきた。
「おや、可愛らしいお客様ですね。もう開けますからどうぞ中へ。」
一瞬声を掛けられたのが自分だと気づかずにルーシーは反応が遅れる。
「へっ!?いえ、私は違っ!」
ルーシーが言い終わる前に店主は店内に戻ってしまっている。仕方なく自分も店内へ入る。
落ち着いた店内には開店直後ということもあり、他に客はいなかった。勧められるがままにカウンター席に腰を下ろす。珈琲を飲みながらさりげなく尋ねる。
「あの、この上にある武装探偵社ってご存じかしら?」
「ああ、探偵社の皆さんですか。よく休憩に来られますよ。」
と店主はさらりと答えた。ルーシーは驚いた。探偵社に詳しいかもと思って訊いた質問だったがこの店に来るなんて。店主の言うことが本当ならばこの店で待っていれば敦に会えるということか。何かを察した店主は
「おかわりは自由ですので。ごゆっくり。」
と言い残し、店の奥へと消えていった。少し考えながら珈琲を飲み干したルーシーは戻ってきた店主におずおずと頼んだ。
「あの、私をここで雇ってくださらない?」
居場所を必死に求めていた少女はもういない。彼女が敦と再会するのはまた別のお話。
居場所 べる @bell_sasami
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