第242話 ただいま、おかえり!(お姉さんとオネエさんのロマンシス)

「前にもさ、バスターミナルまでアンタ迎えに行ったことあったじゃない?」

「ああ、あったねぇ」

 夜道を、てくてく二人で歩く。

 隣の映子は、キャリーを引きながら。

 実家からの帰りだ。

 夜道に、ゴロゴロとキャリーの音が響く。

 住宅街だから、ちょっと迷惑だったりするのかしらんと思いつつ、「ま、お互い様よね」とも思ったり。

「そのとき、あれは……高校生くらいの子かな。迷ってた子をあそこまで案内したのよ」

「そんなこと言ってたね」

「その子、『従弟を迎えに来た』って言ってたんだけど、従弟くんが入って来た瞬間にさ、不安げな顔に光が射したみたいになってね。頬も可愛く朱くなっちゃって」

 あの日のことを思い出すと、胸に甘酸っぱい気持ちが広がる。

 駐車場に繋がるドアから入って来たたった一人の人を見て、彼女の目が輝いた。

 頬紅を指したように、さっと朱くなるほっぺた。

「こう、ふらふらーっと従弟くんの方に行ったのよ。で、従弟くんもそれを見て、はにかんでさ。……ああ、この子たち、恋してんだなーってわかって、こう、キュンとしたわけ」

 従弟くんの顔が、はにかんだとき。

 彼らをよく知らないアタシですらも、「あ、大好きなのね」って一瞬でわかった。

 彼の眼は、本当の本当に好きなものを見る目だった。

 愛おしそうに彼女を見つめていた。

「なるほど。その話は確かに聞いたね」

 で、何故いままた?

 映子がアタシを見上げた。アタシは、肩を竦めた。

「いや、思い出したら胸がまたキューンってなったから、何か落ち着かなくて」

「なるほど」

「いいわよねー、ああいうの」

 二人の周りが、パッと華やいだ。

 温かな光が二人を包んでいるように見えて、アタシの心まであったかくなっちゃった。

 会いたかった、待ってたって、言葉にしなくても、こっちにまで伝わっちゃう空気。

「待ってる人が居てくれるっていうのが、いいのよ」

「確かにね」

「しかも、『あなたに会えて嬉しいー!』ってのが、こう、溢れてるのがね。またキュンキュン来るのよ」

 はあ、とため息を一つ。

 いつの間にか、アタシたちの住むマンションに着いていた。

 オートロックのドアを開けて、ちょうど一階に止まっていたエレベーターに乗りこむ。

「アタシもあんな風に待たれたーい」

 埃と機械の匂いがするエレベーターの中で、私の声がこだました。

 あらやだ、思ったよりも切実に響いちゃってる。

「羨ましくなっちゃったのね」

「まあ、そういうこと」

 映子の言葉に、素直にうなずいた。

 ここで見栄張ったって仕方ない。

 アタシだって、あんな風にきらきらした双方向の恋がしたいわよ。

 大好きな人に待ってて欲しいし、待ちたいし。

 それを望まれたいし。

「そうねぇ」

 エレベーターが止まって、二人でさっさと出る。

 悪戯っぽい顔でアタシをふり返りながら、映子が言った。

「キュンでは無いけど」

 ちゃりちゃりと手に遊ばせていた鍵を、さっと自分ちのドアに差してから。

「私でも、『おかえりなさい』は、言えるわよ?」

 ドアを開けると映子は、アタシの方へ振り向いた。

 両手を広げて。

 大きな笑顔で。

 映子が大きく笑うとき、そこにまったく嘘は無い。

 だから、この「おかえりなさい」は、その言葉通り「よく帰って来てくれたね」なのだ。

 彼女の腕に下げられたお土産の袋。

 アタシが好きなお店の、美味しい豆大福。

 きっと帰って落ち着いたら、それを二人で食べる。

 そのために買って来てくれたのだと、アタシは知っている。

 ふふっと思わず笑みが零れた。

 何だかぽかぽかする。

「ただいま、それで」

 アタシも玄関に入って、映子を見て言った。

「おかえり!」

「ただいま!」

 映子も嬉しそうに返した。

 恋ではないし。キュンも無いけど。

 何だかいいな、と思わざるを得なかった。


 END.


 こちら(https://kakuyomu.jp/works/16816452220371917465/episodes/16817139555459499982)のオネエさんは、ジョセフィーヌさん(https://kakuyomu.jp/works/16816452220371917465/episodes/16816927862429184076)でしたよ、と。

 映子さんと二人で暮らしている時間軸です。なので、上の話よりも未来であります。

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