第240話 夜に薫る(従姉弟。中学生×高校生)

「それじゃあ」

『うん。それじゃあ。えっと、試験がんばって』

 年上の従姉の……透子とうこの、控えめな応援に。

 俺の口角は勝手に上がる。

「ん。……そっちも」

『うん』

 ぴろりん

 間抜けな音がして、通話が終了する。

 スマホの画面が、パッと切り替わった。

 花火の写真。あの日の。

 透子が送って来たもの。

「……はあ」

 あの日。思わず伝えた気持ちに、透子は、

『えっと、まだ戸惑ってるんだけど、いやとおるのことが好きなのは確かなんだけど、でもどうすればいいかよくわからなくって』

 という何とも曖昧な答えを返して来た。電話で。

 優柔不断なこいつらしい、と呆れつつ、これはチャンスだと思った。

「それなら、お試しで付き合おう」

『お、お試し?』

「そう」

『何をすれば……?』

「さあ? 知らん。したいようにすればいいだろ。俺も、したいようにする」

『え、えええ……』

 電話口の声が、困惑に揺れていた。

 困ったように眉を下げている顔が簡単に思い浮かんで、笑ってしまった。

 その日からほぼ毎日、短い電話をするようになった。

 内容は、特にない。

 今日はこんなことがあった。そっちはどうか。今から風呂だ、勉強だ……それくらいの。

 それでも、毎日透子の声が聴けるのは、想像以上に倖せだった。

 あまり高くない、落ち着いた声音。柔らかく俺の名前を呼ぶ。

 それが、嬉しい。

 窓の外で、リーリーと虫が鳴いている。

 もう秋だ。……二ヶ月くらい続いている習慣なのだと改めて気付いて、また笑う。

 窓をそっと開けると、涼しい風と田んぼの匂いがふわりと入って来た。

「……テスト明け、一回会えるか聞いてみるか」

 こっちもあっちも受験生だが、一日くらいなら。

 十年しっかり温めて来た想いだ。

 じわじわと、ゆっくりと。焦らず伝える。

 そう決めているけれど、急ぎたい気持ちにたまに襲われる。

「──……」

 声にならない声で、想いを口にする。

 金木犀の甘い香りが漂って来た。

 早く、早くと出たがる気持ちを、そっと押さえた。


 END.


 付き合ってるような、まだのような、こちら(https://kakuyomu.jp/works/16816452220371917465/episodes/16817139555360597033)の二人。

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