第186話 マイ・スウィート・ホーム(オタク女子と塾仲間)


 塾の授業前。

 教室で、一人でノートに向かう。

「♪」

 シャーペンを縦横無尽に動かして、ページを埋めていく。

 問題を解いているわけでも、単語を覚えているわけでもない。

 ページを埋めているのは、部屋の絵。

 それも、今現在の私の部屋じゃない。

 未来の私の、一人暮らしの部屋だ。

 いいや、一人暮らしなんかじゃない。

 概念的には二人暮らし。

 そう、最推しとの二人暮らし!!

 私は将来、推し(人気アイドルグループの三番手。私にとっては宇宙一だけど!! メンバーカラーは緑。一重がコンプレックス、だけどそのあっさり顔がファンには人気。お芝居も歌も上手な十九歳!!)一色に彩られた部屋で暮らすと決めている。

 壁には、推しのタペストリーとポスター。

 カーテンやベッドカバーは、もちろんメンカラの緑。

 本棚には、推しグループの写真集やCD、BD、出演舞台や映画のBD、本、アクスタなどなどを並べる。

 あと、推しが大好きな籐カゴは外せない。服とか小物とかは、絶対そこに入れる。

 メンカラのリボンとか付けちゃったり?

 トルソー買って、推しの衣装再現とかしちゃうのも有り?

 レイヤーさんの部屋写真で、推しの衣装が壁に無造作にかかってたり、トルソーに飾ってあったの、最高に良かったもんなー。

 推しが今私の部屋にいるって感じで。

 トルソーに衣装飾ったら、何かあれじゃない? 私が衣装直してるっぽくない? やだ、サイコー!

「~♪」

 こうして授業前に夢を描いていると、俄然やる気がアップする(あと、学校の教室だと誰かに覗かれるけど、塾だとみんな、自分の勉強とか読書とか動画勧賞に夢中で、他人に干渉して来ない。だから集中できるというのもある)。

 この部屋に住むため、私は辛い受験勉強だって乗り越えてみせるのだ!

 鼻息荒く、決意も新たにしたところで、私はノートを閉じた。

 授業開始五分前。

 そろそろ、普通に復習しておくか。

「花巻さん」

「あれ、伊達さん?」

 と、そのとき、隣の席の伊達さんが話しかけて来た。

 珍しい。

 いつも一匹狼で(いや、私もだけど)誰かと話しているところなんて見たこと無いのに。

「先週のノート、ちょっとだけ見せてくれない? 一応、予定進行表通りに宿題やって来たけど、合ってるか不安で」 

「あ、そっか。伊達さん、先週お休みだったもんね」

 やっぱり、話しかける理由があるんだな。まあ、その方が私も助かる。

「はい、どうぞ」

「ありがと」

 ノートを渡してから、私も復習をしようと参考書を開いた。が。

「……花巻さん」

 また、伊達さんから声がかかった。

 今度は、ちょっと言いにくそうな感じで。

 私は首をかしげながら横を見て、

「!!」

 固まった。

 伊達さんが持っているノート。

 それは。

「ノート、違うみたい」

 私の夢ノート、推しとの二人暮らし(概念)計画ノートだ。

「~~~~!!」

 声にならない叫びが咽喉の奥から迸る……って、つまりは何も叫べてないんだけども。

「えっと、そっちのノートかな?」

「っっっ」

 こくこくと頷いて、私は授業ノートを差し出した。

 しにたい。

 恥ずか死だ。

「……この部屋」

 羞恥に震える私に、伊達さんが言った。

「花巻さんの部屋?」

「いや……」

「だよね。何種類も違うタイプの部屋があったもんね」

 普通のワンルーム、ロフト付き、和室バージョン、色々考えていたからね!

「じゃあ、これから住む部屋?」

「まあ……はい、そのつもりで……」

「ふぅん」

 伊達さんからノートを受け取り、私は下を向いた。

 終わった。

 嘲笑われて、終わる。

 救いは、伊達さんが一匹狼だったことか。

 クラスの笑いものにならないで済むならそれで……

「いいじゃん」

「へ?」

 顔を上げる。

 そこには、笑顔の伊達さんが居た。

「目標ある方が、受験、がんばれるし」

「…………………」

 あれ。

 これは。

 もしや。

 肯定されている……?

 オタ友からすら「やりすぎ痛部屋草生える」と評された未来予想図を?

 肯定、されている……?

「伊達さん……」

「どうしたの、そんな驚いた顔して」

「いや……」

 あなたは天使か?

 と聞きかけたけど、ただの気持ち悪い奴だと察して寸でで止めた。

 代わりに。

「何か、いいことあった……?」

 当たり障りのないことを聞いた。

 ふり返って思えば、この質問も流れからして意味不明なのだけど。

 それでも、伊達さんはきょとんとしたあと、ふふっと可笑しそうに笑って、

「まあね。コンビニで、ちょっとね」

 とだけ言った。


 それから、特に私たちの交流が深まるということもなく。

 卒業まで、同じクラスでただただ授業を受ける塾仲間のままだった。

 けれど、私は。

 ずっと彼女にいいことがあるように祈って来た。

 受験のときは合格を。合格を風の噂で聞いたときは、それから先の未来の幸福を。

 そして何の関わりのない今も、彼女の平穏と幸福をただただ、祈り続けている。


 この、夢の部屋で。

 最推しとの概念二人暮らしの部屋で。

「今日も、伊達さんにいいことがありますよーに!」

 あなたの肯定が、今のこのスウィート・ホーム実現を、かなり後押ししてくれたように思うから。


 私は今、とても倖せです。

 だから、どうかあなたも、どこかで必ず。


「倖せでありますよーに!」


 タペストリーの中で微笑む最推しも、きっと同じことを思っている。

 なんて、夢を見ながら祈っている。


 END.


 伊達さんは、こちらの(https://kakuyomu.jp/works/16816452220371917465/episodes/16816927861761397073)不器用女子です。

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