第185話 不器用さんには辛いッスよね(不器用少女とバイト少女)
ぺりっ
「あっ……」
最悪だ。
コンビニのイートインコーナー。
塾の前におにぎりを食べようとしたら、これ。
引っ張るところが千切れた。途中で。これでは、包装が取れないし、海苔を上手く巻けない。
急いでるときに限って、これだ。
私の脳内に暗い声が、どろどろ、どろどろ溢れていく。
──というか世の中の商品たいがい器用な人向け過ぎない? 不器用人間は「マジで?」ってところでやらかすんだからそっちに合わせろホント。
いやまあ不器用の方が悪いのわかってるけどっていうか、慌てると失敗するって人間の精神構造と身体構造バグ過ぎない? 急いでるときこそ失敗したくないのに何なの。急げば急ぐほど、慌てれば慌てるほど、上手くいくように進化するのが普通じゃないの、バグ過ぎでしょマジで。このやらかし体質捨てたいマジで。
こういうとき「体質も癖も自分で選んで生まれてきたんだから」とか言ってくる奴いるけどあれも何なの。あんなの「あー、ゲームのキャラ選ミスったわ」的な自虐で本人が使うもんであって、他人が愚痴を黙らせたり、マウント取ったりするためのもんじゃないでしょ何なの。
そりゃ愚痴は良くないのわかってるし、聞きたくないのもわかってるけど、それなら「愚痴聞くの苦手だからやめてくれると嬉しい。自分も言わないから」って言ってくれる方がまだ優しいってか、他人の愚痴は聞きたくないけど自分の愚痴は言いたい奴多すぎない、どっちかにしろ。
なんて愚痴愚痴、ぐちぐち考えてる自分、本当にイヤ。本当に無理。マジで無理。
……ここまでおおよそ一分未満。
こんなに短い時間で、よくここまで惨めたらしい言葉が湧いて出てくるなと感動する。
つらい。
はー……と重いため息を吐いたときだった。
「あの」
目の前にはさみが現れた。ハッと顔を上げると、コンビニの店員さん。
「良かったら、これどうぞ 」
気を遣わせた。鬱。
「すみません……」
「いえいえ。それ、ぶっちゃけ開けにくいですよね!」
「え」
未だかつて聞いたことのない……自分以外から発言されたことのないおにぎり包装への評価だった。
「世の中器用な人間ばっかりじゃないんだぞって言いたくなりますよ。普通の人間か、むしろ不器用な人間に合わせて商品を開発してくれって思います」
わかる、マジわかる。
「……本当に、そうですよね」
思わずしみじみと相槌を打ってしまった。
店員さんは小首を傾げると、にこっと笑った。そして深くうなずく。
「そのはさみ、一応消毒してあるので。安心して使って下さいね」
ゆっくりしていって下さい、と店員さんは優しく言うと、レジの方へ戻って行った。
「……ふふっ」
良かった。わかってくれる人が、居た。
そう思うと、心がいきなりふかふかと柔らかく温かくなった。
気分がいい。
借りたはさみを使って、おにぎりを取り出し、無事に海苔も巻けた。
どろどろの暗い声は、いつのまにか消えていた。
「美味しい」
誰か、同じことを思う人がいるだけで、ちょっとホッとする。
器用な人間ばっかじゃないんだぞ。
何故かその言葉を、私は初めて少し自慢げに、心の中で言ったのだった。
END.
実はコンビニ店員さんはこの子(https://kakuyomu.jp/works/16816452220371917465/episodes/16816927861648073642)だったりします。
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