第179話 人の声が回復に良い場合もある(文芸部寮。ほのぼの)

「う゛っ……」

 季節の変わり目。

 私は、よく体調を崩す。

 春休み間近。

 学年末テストも終わって、あとは終業式を迎えるばかりの気楽な時期。

 今日も、部のみんなでリッツパーティーをしようと盛り上がっていたのに。

「お、若木、どうした? 大丈夫か?」

「だい……じょばない……」

 部室に集まったときから、頭がちょっと揺れるなとは思っていた。

 けれど、飲み食いしているうちにマシになるだろうと高を括っていた。

 バカ話に参加しつつ、あまり胃の刺激にならないようなもの……黒豆を乗っけたやつとか、青じそチューブを縫っただけのやつとか……を食べて楽しんでいたところ。

「ごめ……横になる……」

 頭のぐらぐらが酷くなり、うっすら吐き気がして来た。

 文芸部寮の部室は広い和室で、部屋の隅で寝っ転がるくらいはみんな普通にする。

 今だって、昼寝組がそのへんに寝そべっている。

 それでも、気分を悪くして横になるのは、何だか気が引けた。

 そんなに気分が悪いなら自室に引き上げろよってなるだろうけど、それは嫌だった。

 一人で部屋で寝ていると、余計に悪くなりそうで。

 こんなの、ただの我儘だ。それなのに。

「あの……ブランケットいりますか?」

「何か飲みたけりゃ言ってなー」

「とりま、五百ミリの水、ここ置いとくで」

 みんな、適度に世話を焼いたあとは、優しく放っておいてくれる。

 涙が出そうだ。

 けど、ここで泣いたら良い雰囲気がダメになってしまう気がして、目を瞑り、黙ってごろんと寝転がった。

 キャッキャと話すみんなのお喋りが、心地好かった。

 気分はまだ悪いけれど、ほんの少しだけ、吐き気が遠のいたような気がする。

 頭の奥が、ちょっとずつ静かになっていく感覚。

 波の音を聴いて落ち着くみたいに。みんなのざわめきが、私を穏やかにしてくれる。

 私は、ほっと息を吐き、眠気に身を任せた。


 END.

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