第159話 ネコの日ショコラ(薔薇。菓子職人×元塾講師)


「颯太さん、食後に、cookie食べませんか? ねこの日用につくったにゃんこさんcookieののこりなのですが」

 晩ごはんが終わって。

 流しに食器を運びながら、私は言った。

 颯太さんが塾を辞めてから、こうして二人でのんびり過ごす時間が増えた。

 颯太さんが倒れたり、入院したり、色々あった末での退職なので、そう手放しに喜ぶべきじゃないのはわかっている。

 それでもやっぱり、二人で過ごせる時間が多くなったのは単純に嬉しかった。

「食べます」

 颯太さんが、あっと声を上げた。

「食後の飲み物は、僕が作ってもいいですか?」

「はい。たのしみにまってます」

「はい」

 洗いもの係は、颯太さん。

 腕まくりをして、いつも通り食器を水にさらしているけれど、どこかその様子はそわそわしていた。

(見ていない方がいいかな?)

 私もつられてそわそわしながらも、店から持って来たにゃんこさんクッキーを皿に並べることに集中した。


 *


 クッキーを並べ終え、早々にやることがなくなった私は、新作のレシピを確認するふりをしながら、今か今かと待っていた。

 部屋には、甘い香りが漂っている。

「お待たせしました」

 颯太さんが持って来たのは、想像通りのものだった。

「ホットショコラです」

 マグカップになみなみ注がれた、チョコレート色の素敵な飲み物。

「わあ……」

 ほわんと香るショコラの中に、爽やかな香気が隠れている。

「ゆず、ですか?」

「はい。冷蔵庫に柚子ジャムがあったので」

 ひと口すする。

 熱いチョコレートの、ほろ苦い甘み。ゆずの香り高い酸味。

「おいしい……」

「よかった」

 ふわ、と颯太さんが、湯気の向こうで笑った。

 私も、にっこり笑う。

「おくれて来たValentine、ですね」

「な……」

 颯太さんの頬に朱みが差す。

「……そういうことは、わかってても言わないで下さい」

「ふふ、だって、うれしかったので」

 唇を尖らせる颯太さんの朱いほっぺに、そっと手を伸ばす。

「おいしいですよ、颯太さん」

「……クッキーも、美味しいですよ」

 ぽり、とクッキーを齧ってぶっきらぼうに言う颯太さん。

 照れているのを、隠すように。

 そんな彼が可愛くて可愛くて、私は思わず唇を寄せた。


 END.


 こちらの(https://kakuyomu.jp/works/16816452220371917465/episodes/16816927860779743449)二人。

 ついに颯太さんが塾を辞めてしまった……いえ、いつかは辞める流れだなあと書きながら思っていたのですが。


 .......

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