第155話 線香味の恋(男女。大学生と女子高生。片想い)


「はー……」

「進路希望調査票ねぇ。いやあ、懐かしいね」

 近所の寺の境内。

 いつも掃き清められていてとても綺麗なお寺さんだけど、ここに来る人は少ない。

 小さくて、墓地ばかり大きいからかも知れない。

 けれどそのお蔭で、ここはいつだって静かだ。

 学校帰りに立ち寄るのに、一番いい。

 私の心のオアシス。

 お堂の階段でひと休みしていると、いつもお寺の清水さんが何処からともなくやって来て、話し相手になってくれる。

 大学生くらいのお兄さんで、すっきり整った髪も、シンプルなシャツやボトムスも、こざっぱりしている。

 私は、清水さんが好きだ。

「どこの大学行くんだ?」

「んー……専門にしようか迷い中。でもどうせ、家族とか、先生から反対食らう」

「専門ってことは、その職業自体を反対されそうってことか」

「そ」

 私は、きゃらきゃらと笑い声が響く境内を見た。

 そこでは、小学校低学年くらいの子と幼稚園生くらいの子が鬼ごっこをして遊んでいる。

 こちらに気が付いて、彼らは駆け寄って来た。

「お姉ちゃん! 今日もひと休み?」

「そ。そっちは、今日は鬼ごっこなんだね」

「そう! お姉ちゃんもする? お姉ちゃんが鬼で!」

「嫌だよ」

 私は笑って言った。

「だって、タッチ出来ないから、私ずっと鬼じゃん」

「バレたか!」

 小学生の男の子・たっくんが、舌を出した。けたけたと幼稚園生のまーちゃんが笑っている。

「こらこら。お姉さんを困らせないの」

 最近ここにやって来た真子さんが、すうっと音も無くやって来た。

「真子お姉ちゃん!」

「私が、鬼をやってあげるから」

「わぁい、やったー!」

 わっと駆け出す彼らを見送りながら、私は真子さんを見た。

「いいの? あの子たちどこまでも遊び倒すよ」

「いいの。……ずっと病気だったから」

 真子さんは、はにかんで言った。

「こうして、今は元気に走り回れるのが嬉しいの」

「……そう」

 真子さんが、「待てー!」と元気に駆け出した。

 綺麗な髪が、なびく。

 風の吹いている方向とは、反対に。

「何だかなぁ」

清水さんが言った。

「何」

「せっかくの青春を、死者とばかり過ごすのもどうかと思って」

 彼女たちは、もう死んでいる。

 いわゆる幽霊ってやつだ。

「いいじゃん。死んでる人って、ノイズが少なくって話しやすいんだよね。何か、素直っていうか。生きてる人間はダメ。うるさすぎる。何言ってっか、わっかんないもん」

「それは君、ここの死人とばっかり話してるからだろう。ここは住職さんが良い人だから、墓も寺も綺麗に管理されてる。だから魂もいい感じに浄化されてるけど、他はそうもいかないんだぞ」

 清水さんも、私と似たような人だ。

 生者のノイズが聞こえて、死者の姿が見える。

 だから、仲間意識もある。

 けれど、それに引きずられ過ぎず、こうしてしっかりと注意をしてくれるところがまた良いのだ。

「そうかも知れないけど」

 私は肩を竦めた。

「それでも、死んでる人の方が話しやすいのは確かだし」

 私は、ぴらぴらと調査票を振りながら言った。

「だからさ。将来は湯灌師か、葬儀屋か。そのへんになりたいんだけど」

「とことん、死者と関わりたいんだな」

 呆れたように清水さんは言った。

「けど、やめときな。そのへんは、死者の要望と生者のリクエストに板挟みになって苦しむだけだ」

「じゃあ、尼さん?」

「君に修行は向いて無さそう」

「うーむ……」

 はっきりと言われて凹まないではないけど、親や教師の偏見にまみれた反対よりは、すんなり心に入って来る。

「どうしたって、現世に向いてないよ、私。どうしたらいいと思う?」

「それでも、身体が生きてる限りは生きときな」

 ふわ、と頭に気配を感じた。

 清水さんが、私の頭に手をやっている。

 撫でるように。

「生きてるときにしか味わえないことって、やっぱりいいもんだぞ」

「例えば?」

「食事。……お供えしてくれりゃ、そりゃあ『美味さ』は感じられるけど、ちょっと違うんだよ。やっぱり。味はすれども、味わいは少ない、みたいな」

「ふぅん……?」

 清水さんの手が、しっかり私を撫でることは無い。

 だって清水さんもまた、死んでるからだ。

 私と似た感覚を持ちながら生きて、そして死んでしまった清水さん。

 私は、どうしたって彼に惹かれてしまう。

「清水さんとキスしたら、やっぱり線香味なのかな」

「君、人の話聞いてる……?」

 聞いてるよ、と笑いながら。思う。

 死ぬのも悪くない。清水さんと一緒になれるから。

 けれど、生きるのもまた悪くない。食事が出来るから。

どっちを選んでも良い選択肢があるなんて、凄い。

 今の私は、とても贅沢なのかも知れない、と。

「とりあえず、お墓専門の掃除屋さんとか、無いか調べてみる」

「墓じまいが進む昨今、君は何処までも茨の道を歩むんだなぁ」

 いいんだ。

 私はこの贅沢を、めいっぱい味わってとりあえず生きていくと決めているんだ。


 END.


...


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