第134話 バレッタを贈る意味(男女。生徒と先生。片想い)
二学期最終日。うちの美術部は、忘年会兼クリスマスパーティー兼新年会を全員参加で行うのが常だ。美術室はこの日、お菓子の匂いでまみれる。
「おや、こんなところにいたのかい」
「……どーも」
もちろん、ぼっち大好きな僕は適当に菓子を摘まんだら、とっとと美術準備室の方に逃げるのだが。電気ストーブしか無い準備室は、当然寒い。だから、ほとんど誰も入って来ない。
ここを根城にしている、美術部顧問・美礼川先生を除き。
「宴もたけなわって感じだけど、いいのかい」
先生も、しばらく向こうで楽しんだあとにこの部屋へと戻って来た。
「いーんです。陽キャは陽キャらしく。陰キャは陰キャらしく楽しめばいーんです」
「なるほど?」
美術部はオタクの巣窟だが、全員が陰キャというわけではない。オタクにも陽の者はいて、そういう人たちは『推し語りすごろく』やら何やらで盛り上がっているのだ。
「もう君も受験か。早いもんだな」
「そうですね。んで、卒業です」
この宴には、高三生も参加する。むしろ、一番生き生きと参加しているかもしれない。もうこれくらいしか息抜きの場が無いのだ。
「まったく、大人になると時間が超加速するよ」
「それ、ジャネーの法則って言うらしいですよ」
「へえ、そうなのか」
今度授業の雑談で使わせて貰うよ。
そう言って、先生は笑った。今までは、それを言われたら嬉しかったものだけれど。
今は、ちょっと違う。
だってその先生の雑談を、僕が聞くことはきっともう一生ないだろうから。
それが、たまらなく……悲しく、悔しい。
そう、悔しい。悔しい、から。
「先生、これ、プレゼントです。手作りのもんなんで、あれですけど」
ポケットに入れていた包みを、机の上に置いた。先生の目が眇められる。
「……開けても?」
うなずいた。先生は、紙の包みを丁寧に開くと、中身を取り出した。そして、
「立派なものだな」
しみじみと、そう言った。
「君の彫り物は、いつ見ても素晴らしいね」
中身は、バレッタ。金木犀を彫った木片に、髪用の留め具を付けただけのものだ。
それでも、今までになく細かく綺麗に先生の一等好きな花を彫ったし、やすりを丁寧にかけてスベスベにし、ニスもしっかり塗って深みのある色に仕上げた。
「そんなんで、すみません」
「いやいや、嬉しいよ」
ありがとう、大事に使わせて貰う。と言って、先生がはにかんだ。大人の女性が浮かべる少女の笑顔。僕の胸は、自然高鳴る。
「先生」
僕が呼べば、先生は「ん?」と小首を傾げた。
「髪飾りを贈る意味って、何だか知っていますか」
「……君は知っているのか」
この様子だと、先生も知っているのだろう。
「はい」
僕は、はやる鼓動に押されうなずいた。
「わかってて、贈りました」
──これからもずっと、長く一緒に居たい。
「……君、」
「返事は」
何か言いかけた先生の言葉を遮って、僕はがんばって言った。
「卒業したあと、教えてください」
強気に見せかけているけれど、まったく心臓の方は死にそうなほど早鐘を打っている。
「それなら、いいでしょう?」
「……知らないからな」
大人の女を口説くとどうなるか。
そう言った先生の頬も朱い。
「望むところです」
僕は本当に、ちょっとだけ強気になってそう言った。
END.
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます