第135話 仕事納めに思うこと(社会人百合)


「はー……」

 仕事納めの日。

 そんなに日に限ってミスが見付かって叱られるし、掃除もバケツひっくり返して平謝りだし、まったくついてない。

 そして、今も。

 駅前の信号。ここは、赤になったらなかなか変わらない。そりゃそうだ。交通量の多い四車線の道路。メインはそっちなのだから、仕方ない。

 重いため息が、人混みに溶けた。

 そもそも、今年自体がよろしくなかった。

 まず、実家の愛猫が虹の橋のふもとに旅立った。

 本当の弟のように可愛がっていたし、本気で弟だと思っていた。

 血は繋がってないけど、家族。大事な。誰よりも大事な。

 いつも私の後ろをついて来てくれた。洗い物や洗濯物を干すとき、いつも後ろで私を見てくれていた。

 お互いに『ただそこに居てくれるだけで嬉しい』と思い合っているような姉弟だった。

 最後に会ったときも、彼は、しんどい身体をおして、まるで今から元気になるような素振りで、洗い物をする私を見守っていた。寝床からわざわざ起きて、歩いて来て。

 あれだけ、無条件に愛してくれた存在なんて他にない。

 そんな存在を喪うなんて。今でも、ふと思い出して涙が零れる。あのふわふわに、あの視線に、触れられないなんて。

 そして、こんな辛いとき、いつだって一番に慰めてくれていたバンドが、なんと解散した。ほぼ、同時期に。

 どんなに辛いときでも、彼らの音楽があれば立ち上がれた。それは今だって同じだけれども、もう二度と、彼らの新しい音を聴けないというのが、痛いほど寂しい。

 今までの曲でも救われる。けれど、違う。

 新しい曲がもう二度と生まれないというのは、ただそれだけですでに希望が無いのだ。

 何で、どうして。

 こんなことばかり続くんだ。

 そうすべてを呪いたくなるような、そんな……。

「ミーカ!」

 後ろから、明るく声をかけられた。

 ハッと振り返ると。

「今、仕事帰り?」

 ニコニコ笑うあやかが居た。

「じゃじゃーん、見てみて! あのケーキ屋のアップルパイ、ついに買えたんだよ~!」

 私の同居人で……パートナー。

 そうだ。

 そうだった。

 悪いばっかりでも無かった。

 今年。私は彼女と一緒に暮らし始めた。

「ミカがずっと気になってたから、私も気になっちゃってさ。いやあ、今日のデザートは豪華ですな!」

 明るくて、朗らかで、いるだけでその場の空気を明るくしてしまう人。

 私の大好きな人。

「……うん」

 私は、自分の口角が自然と上がるのを感じた。

「豪華だね」

「ね」

「やった」

 私たちは、手をつないだ。

 堂々と、人混みの中。

 今年手に入れた、私の幸福の種を。

 優しく大事に、握り締めた。


 END.

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