第128話 やさしい世界をつくるには(シェアハウスでのお喋り)
休日の昼下がり。
シェアハウスのリビングでは、話に興じる面子がいることもあれば、各々が人の気配を感じながらも読書や映画鑑賞という個人の趣味を楽しみたいという面子がいることもある。
今日は、読書の私と、タブレットで映画鑑賞の彼女、二人でのんびりしていたのだけれど。
「世界は、もっと優しくなればいいと思う」
「どうした、急に」
彼女が、ため息を吐きながらタブレットをオフにした。
何見てたの、と問えば、レビューとだけ答えが返って来た。
ちょっと落ち込んでいるところを見ると、過激な低評価レビューを見たか、「いやいや制作者側の意図はそうじゃないですよ、勘違いしてますよ、ていうか単にあなたの好みの問題ですよね?」みたいな微妙レビューを見たかしたのだろう。
レビューは玉石混交だ。
同じ気持ちで誰かと盛り上がりたいときに見ると、狙い通り「誰かと感想を言い合えたみたいで楽しい!」となる場合もあれば、「いやいや解釈違い」とがっかりする場合もある。
「よくさ、『私が気に食わない』『私の好みじゃない』ってだけで作品に低評価つける人いるじゃない?」
「いるねぇ。黙って去れよとしか思わないけど」
「そうなんだよね。言うなれば、定食屋に入って『何でパフェが無いの!?』って言ってるようなもんだもんね。普通、生活してたらそんなことしないのにね」
「いや、ツワモノになると普通の店でそれする奴いるけどね」
「怖い。……まあそれはさておき。で、当たり前だけど、それだったら店の人も『おめぇに食わせるもんはねぇ!』ってなるじゃない?」
「そりゃそうだよ。寿司屋に行って『パスタ出さないなんてクソ』って言ってる人間に食わせるものは無いよ」
例え外観がイタリアンぽくって騙された! としても、それは別にクソと本人に向かっていうことじゃないのではないかと思う。
『イタリアンっぽいけど、中は寿司屋なので、そのへん気を付けてね』くらいならまだいい気はするけれど。
「うん。でもさ、そう言ってはねのけたところで『パスタ出さないなんてクソ』って言ってる人は怒るんだよね。『自分を否定された』って怒るんだよね」
「世の中ホント、クソ」
「けど、それはそれで、ある意味そうなるよなって思うわけで」
「何で」
彼女は、神妙な顔で言った。
「だって、誰も誰かに否定されたくないじゃん。自分も、自分の好きなものも」
「けど、そいつは最初、寿司屋の大将を否定してるよ」
「うん。だから、否定したら否定が返されるっていう覚悟を持たなきゃいけないって話にもなってくるんだけど、そうじゃなくてさ」
「うん」
「最初から、誰も誰かを否定しない世界だったらいいなって」
「ふん?」
どういうことだ、というように彼女を見る。
「パスタ好きな人が、間違えて寿司屋に入ったとする。で、『あ、間違えちゃった』ってなったら、黙って会釈して店を出るようなさ。そんな気遣いがあったらいいなって」
彼女が、軽く会釈をしてみせながら言った。
表情も、曖昧な微笑みを浮かべている。
こんな感じに、ということだろうか。
「で、大将の方も『あなたにとって好みのお店が見付かると良いですね』って気持ちで見送れたらさ、いいなって」
「なるほど」
確かに、どっちも相手を嫌な気持ちにさせず、そっと離れている。
「Not for meなことに文句を言うでもなく、Not for youであることを敢えて相手に言うでもなく、ただお互い、自分の合っている方へ行く。すれ違うときは優しく穏やかに会釈程度で……みたいな感じ?」
私が確認すると、彼女がうなずいた。
「そんな感じ。……みんながみんな、そんな感じだったら、世界はもっと優しくなるのになあって思ったの」
「確かにねぇ……」
私も、うなずいた。ムカついた相手を思い返して「まったくその通りだ」と思ったり、そういう相手に「一言言い返してギャフンと言わせてやる!」と息巻いた自分を恥じたりしつつ。
「言葉にすると、簡単そうに感じるのにね」
「人間って難しいね」
彼女が、にっこりと朗らかに微笑んで言った。
「そういう『一言言ってやりたい』って感情を消す手術とかがあればいいのにね」
「おい、話を一気に不穏な方へ持って行くな」
「お互いが気遣うってことを考えたり望むより、いっそ楽かと思って」
そう言った彼女の目は、本気だった。
彼女の仕事って何だったっけと思い出しかけて止めた。
今日は、平和な休日の午後なのだ。
END.
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