第102話 癇癪玉とアイスと湿布(ロマンシス? 一緒に暮らしてる二人。癇癪について)


 サキが家に帰ると、同居人の部屋が荒れていた。

「あらー」

「……サキちゃ」

 部屋の真ん中で突っ立っている秋奈に、「ただいま」とサキは声をかけた。

「派手にやったわねぇ」

 積まれていた本は崩れ、べこべこに凹んだ空のペットボトルが転がっている。

 椅子もひっくり返っているし、書類や紙類も散乱している。

 ただ、本は山が崩れただけで特に傷付いてはおらず、パッと見ただけだが、パソコンやスマホ、タブレットも壊れてはいなさそうだ。

「うぅ……ごめん……」

 うなだれるサキに近寄り、その頭を撫でた。

 秋奈の手には、書類やクッションが握られており、片付けようとしていたのがわかる。

「いいのいいの。怪我は無い?」

「……ちょっと手が痛い」

 秋奈に断ってクッションを取り、手のひらを見せてもらうと、確かに左手親指の付け根当たりが赤く腫れていた。

「あら、ぶつけちゃったのね」

「何で、こうなっちゃうんだろ」

 秋奈が、茫洋と呟いた。

「ガーッて感情が湧き起ると、抑えきれなくなっちゃって爆発するの、自分でも辛い……」

「うん」

 サキは、何も言わずただうなずく。

「でも、もう何もかもが嫌って思うと、嫌いとか、嫌とか、口に出さないともっと苦しくなって頭をぶつけたくなるから余計しんどくて、それも嫌」

「うん」

「全部が嫌って言葉出るけど、でも本当に全部が嫌なわけじゃなくって」

「うん」

「もどかしい想いをするのが嫌、だとか、このシステムだとよほど上手くしないとすぐこんがらがるのが嫌とか、でもそれが他の人から見たら我儘なんだろうなあとか思ってそれもまた嫌で、そういう、それぞれが嫌なんであって、って考えると余計混乱して来たりして」

「大丈夫と嫌が混ぜこぜになってて、それをひっくるめて嫌だと思われたりするのが嫌なんだね?」

「……そう」

「例え、それが自分相手でも誤解されたくないんだよね?」

「うん。自分が自分を誤解するのが、いちばん苦しい」

「そうだよねぇ、それはわかるよ」

 ぽんぽん、と優しく背中を叩いてやる。

「あと」

「うん」

「こうして、誰かに迷惑かけるのも嫌……」

「あはは、迷惑なんて」

 サキが、大きな笑顔を浮かべた。

 にっこりと。台風の後の、すがしい太陽のように。

「ちゃんとあっちゃんは、自分で片付けるじゃない」

「うん……」

「そう気にしなさんな。私もムキーッてなるときあるんだからさ」

「うん……ありがとう」

 そう、サキだって爆発することはある。クッションを投げ散らかして、声量を軽減してくれる壺とやらに叫びまくる日はあるのだ。

「片付けたら、手に湿布貼ろっか。それで、アイス食べよ」

「うん」

 サキも、そのへんに散らばった書類を手に取った。

「本当に、ありがとう」

「いいの、お互い様。どういたしまして」

 そうして二人は、黙々と散らかったものたちを片付けていく。

 手には湿布。心には、甘いアイスを。

 次に爆発するまで、少しでも緩く長く優しく猶予があるように。

 彼女たちは、自分たちの爆弾にそっと柔らかく毛布をかけるのだった。


 END.

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