第72話 本当を嘘にする(百合。片想い。女子高生)
笹百合女学院、文化祭。
「笹百合女学院演劇部、午後一時より公演行いまーす」
「演目は、文芸部書き下ろし『シャーリー&ジェニー』、シャーロック・ホームズを下敷きにした女同士のサスペンスラブアクションです~。アンサンブル部と軽音部による生演奏付の特別公演でございます~」
「是非いらしてくださーい」
黒のゴシック・ロリータを身にまとった少女と、茶のスーツと白衣を身にまとった少女が、ビラを配りながら歩いている。
そのうち、ゴシック・ロリータの少女が、ため息を吐いて足を止めてしまう。
「先輩、本当にこれでお客様はお入りになる?」
「あら、不安になったの?」
「だって、誰も足を止めてくれないんだもの」
「ふふふ、それでも、がんばって配ってしまわなくてはね」
「……先輩、何だか楽しそう」
「ええ。とても楽しい」
スーツを纏った少女も足を止め、ゴシック・ロリータの少女の方へ振り返った。
それから長い腕を伸ばし、彼女の腕を優しく掴むと。
「だって、可愛い可愛い貴女を見せびらかせるのだから」
彼女を抱き寄せ、甘い声で歌うようにそう言った。
ゴシック・ロリータの少女が、ふわりと林檎の頬になる。
「先輩ったら……恥ずかしい」
「ふふ、そういうところも本当に可愛い」
恥じらう少女の姿は可愛らしくも、何処か艶めいて、通行人の視線を釘付けにした。
「こーらー、二人とも。仕事中にイチャつかない~」
そこへ、制服姿の少女がやって来る。
「まったく、この二人は放っておくとすぐイチャつくんだから」
「すまないすまない。この子があんまりにも可愛いものだから。つい、ね」
スーツの少女は、ゴシック・ロリータの少女の髪をすくい、軽くキスを落とした。
観衆の中から、ささやかな黄色い悲鳴が上がる。
「困った人たちね。……さあさあ皆さま、演劇部の公演、よろしくお願い致しますね。この二人が仲睦まじく出ておりますよ」
制服の少女が、そんな観客たちにせっせとビラを配り出し、二人もつられるようにして、そこいらの客すべてにビラを配り終えた。
「さ、次のところへ行かなくちゃ」
そして、演劇部の三人は颯爽とその場を立ち去った。
*
「……せんぱーい」
ゴシック・ロリータを着た少女……藤沢あかねが、不服そうに声を上げた。
演劇部部室。
ビラを配り終え、三人は休憩のため、ここへ戻って来たところだった。
「あの謎の演技って必要なんですかぁ?」
先ほどとは打って変わって、砕けた口調でスーツの少女・上沢翔子に不満を訴えかける。
「あれは百合営業と言ってね、少女同士の仲の良さを見せつけて客を呼ぶ手法だよ」
翔子が答える前に、制服の少女・部長である神崎麗奈が、微笑み答えた。
ビラをすべて配れたことにご満悦らしい。
「ゆり営業……」
「ちなみに、男同士だと薔薇営業ね。恋愛を匂わせるくらい仲の良い姿を見るのが大好きって人間はけっこう居るもんでさ」
「特に今回の劇は、そういう人たちが好きそうな演目だしね~」
ちょうどいいよね、と翔子も笑った。
「客寄せのための偽恋愛ってことですか」
「うーん、まあ、そうなるかな?」
「言い方に棘があるねぇ。あかねちゃん、こういうのはお嫌い?」
「嫌いと言うか……何か、こう、嘘吐いてるみたいだなって」
「嘘じゃないよ、お芝居。『上沢翔子にほの字の藤沢あかね』を演じると思ってここは一つ」
ウケが良かったから、明日もよろしくね。
そう言うと、部長は「それじゃ先生に呼ばれてるから行って来る~」と手を振り、部室を出て行った。
「他の先輩たちも今頃、してるんです?」
「そうだね。してるだろうね」
「……」
「ふふ」
翔子が肩を竦め、あかねの頭を撫でた。
「あまり好きなお芝居じゃないかも知れないけど、部の為に、文化祭の間はがんばってくれるかな?」
「それは……お仕事だからやりますけど……」
「良かった。……私がお相手じゃ不服かもだけど、どうぞ残りもよろしくね」
膝をつき、王子さながら手を差し出した翔子へ、
「先輩が不服とかじゃ、無いですから」
あかねは、仏頂面のまま手を伸ばし、重ね合わせた。
「ありがと」
翔子が、にっこり微笑む。あかねは唇を尖らせて、うなずいた。
(……嘘じゃないから、お芝居が嫌なのに)
本当の気持ちをそっと隠して。
役者は、本当を嘘として演じ続ける。
END.
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