第63話 友だちという言葉に物足りなさを感じた(百合。片想い。半分無自覚。高校生)
放課後。HRのあと。ざわめく教室で。
「はい、これ」
「……」
甲斐の前に差し出されたのは、ひとつのペンケースだった。
オレンジ色と茶色の革で作られた、シンプルだが綺麗なもの。
「これ、は?」
顔を上げると、そこには同じクラスの友人・加賀がいた。
彼女のつやつやの黒髪は肩口でさっぱりと切り揃えられており、爽やかだ。
鬱陶しい前髪をむりやりピンで留めている自分とはえらい違いだと甲斐は思った。
「えっと、前に言ってたペンケース! ほら、革で、自分で趣味で作ってるって」
「ああ……そういや、言ってたな」
四月になったばかりの頃。自己紹介か何かで話されたことだと思う。
二人は出席番号順の席が前後になった縁で、話すようになった。中学は別で、一年のクラスも別、部活も違う二人は、今年の始業式が初めましてだったが、話すと割と気が合った。
それ以降、席が離れても言葉を交わすようになり、移動教室などではたいてい共に行動している。
「それは、あの、プレゼント。甲斐に。今日、誕生日だったよね?」
「!」
甲斐が、僅かに目を見開いた。
「それ言ったの四月……よく覚えてたなぁ」
「うん。七夕なんだなぁって、印象深かったから」
加賀が、うなずいた。
「けど、いいの? 手作りとはいえ、材料費とか……」
「いいの!」
加賀は、視線を少し逸らすと、
「友だち、だから……貰ってくれたら嬉しいなって思って……」
と言った。その頬は、ほんのりと朱く色づいていた。
「……っ」
甲斐の胸の奥で、ぶわっと温かいものが一気に溢れ出す。
「あ、あ、でも、今使ってるのが気に入ってるとか、やっぱり革はちょっとあれだなってなったら、全然、使わなくてもいいし、あの」
「いや」
慌てたように言葉を紡ぐ加賀を遮って、甲斐は言った。
「使わせて貰う。……ありがとう」
「! どういたしまして」
加賀が、ふわりと嬉しそうに笑った。
まるで、甲斐から良いものを貰ったかのように。
プレゼントをあげたのは、自分だというのに。
「……」
何か甘いものが口いっぱいに広がったような気が、した。
「アンタの誕生日は……二月二日で合ってる?」
「うん! 甲斐も、覚えててくれたんだ」
「同じゾロ目だなと思って、覚えてた」
「そうだね、お揃いだね」
また、加賀がにこりと微笑む。
「お返し、必ずするから。……不器用だから、手作りとかは、無理だけど」
「えへへ、ありがとう。そう言ってくれるだけで、嬉しい」
その笑顔を見ると、甲斐は不思議とむずむずとするような、居ても立っても居られなくなるような、そんな気分になった。
焦燥感。
何に対するものかわからないけれど、そんなものが彼女を急き立てるのだ。
「あ、私、そろそろ部活行かなきゃ」
そんな甲斐の心など知らず、加賀は時計を見ると、慌てて身を翻した。
「ん。明日ね」
「うん。また明日!」
教室の入り口で軽く手を振ると、加賀は軽やかに廊下へと飛び出していった。
「……友だち、か」
甲斐は、あまり人付き合いが上手くない。
人嫌いではないが、それでも深い交友関係なんて殆ど無い。
だから、友だちと言われるとくすぐったく、そして嬉しくもあるはずなのに。
何故か、奇妙な物足りなさと歯がゆさと、先ほどの焦燥感が甲斐を責めた。
「また明日」
それらから逃れるように、甲斐は先ほどの加賀の言葉を口の中で繰り返した。
また明日も、彼女に会える。これは、約束の言葉に等しい。
そう思うと、その言葉はまるで飴玉のように甘く優しく、彼女の心を宥め、落ち着かせるのだった。
「また、明日」
明日、早速このペンケースを使おう。
甲斐は決めた。
きっと、加賀は喜んでくれる。
彼女の喜ぶ顔を想い、甲斐は明日を待ち望んだ。
END.
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます