第46話 『無償の愛』をレンタル提供している友人をねぎらう話(女同士の友情)


「レンタルおかあさん……ねぇ」

「結構、流行ってるのよ」

 友人が新しく乗り出した事業は、『レンタルおかあさん』。

 ちなみに女性客限定で、内容は、

「ベビーシッターみたいな?」

「それもあるし、家事や引っ越し、断捨離や買い物の手伝いなんかもあるよ。ただウィンドウショッピングを一緒にする、みたいなのとかも」

「へー」

 思いのほか、多岐に渡るみたいだった。

「けど、うちでいちばん多いのは、あれね」

 ピッと友人が人差し指を立てる。

「悩み相談……というより、『全肯定』『全受容』かな」

「ぜんこうてい? ぜんじゅよう?」

「存在を全肯定して受け止めてもらうこと」

「いや、それは実の親に求めろよ」

「求められないから、需要があるんだって」

 みんな、『無償の愛』に飢えてるのよ、と彼女は肩を竦めた。

「そういう根っこの部分、土台の部分が無い。だから、いつだって不安で仕方ない。けど、成長して誰かにそれを求めたら、『重い』とか『自分の責任なんだから、親のせいにするな』って言われる。もちろん、それも真実だとは思うけど。本人たちもわかってるから、誰にも求めないんだし」

 彼女が、歌うように言う。

「靴を履いてる人間に、『もっと速く走れ』『靴が無いのはお前の責任だ』『あの人は靴が無くてもあれだけ速く走れるんだからお前もがんばれ』なんて言われて、果たして心は普通のままでいられるかな?」

「……」

「誰だって、靴が欲しい。でも、成長過程で靴を貰えなかったり、奪われたりする人もいる。確かに『それなら自分で作ればいい』ってのも、一つの真理よ。そうすべきなのだろうってその人たちだってわかってる。けど」

「……どうしようもなく辛くなったり、苦しいときには、ちょっと無理かも」

「でしょ? そういう苦しいときにこそ土台が大事になって来る。けど、それが無い。だから、より苦しいのにね」

 だからこそ、『レンタルおかあさん』は需要があるという。

「例え、お金で買った仮初の時間でも、誰かに『わかるよ』『あなたは、そう感じたんだね』『辛かったね』って、何のジャッジも無くただただ受け止めて貰えたら、とてもとても……倖せなものなのよ」

 彼女は言った。

「みんな、泣きながら言うのよ。『おかあさん、助けて』『くるしい、私、くるしいの』って。実際、こっちが助けられなくても『助けて』って言うだけで、少し楽になるみたい」

「……助けて自体も言えないんだねぇ」

「言ったところで、『こっちの方がしんどい。そんなこと言ってないでこっちを助けろ』的な感じで返されるのがオチだからね。本当の家族には絶対言えないって人も多いよ。『そういうこと言う○○は好きじゃない。いつも元気でいて』って言われたりするから、どんなに心がしんどくても笑ってなくちゃいけなくて死にたくなるって泣きながら言うお客さんもちらほら居る」

「……闇だなぁ」

「ちなみに男の人相手には、同じような触れ込みで『レンタルおとうさん』を提供してるけど、こっちも割と需要あるのよ」

「みんな、ただただ受け容れてもらいたいんだなぁ」

 本来なら、親から貰えるはずだったもの。

「でも結構『親も、そのまた親にして貰ってないことは出来ないですから。仕方ないです』って諦観してる人も多くて、更に闇を感じるわ」

「闇だ……」

 私は、持っていたハイボールを口にして、大きなため息を吐いた。

「……『恋愛漫画は好きだけど、嫌い』っていう矛盾した感想の裏に、まさかこんな現実があるとは……」

 久方ぶりに会った友人と、今話題の少女漫画の話になった。

 キャラクターの考察や、好きな場面ベストテンを話していく内に、

「あー! ああいう恋愛したいわー!」

 と私が思わず言ってしまった瞬間。彼女の笑顔が、すん、と消えて、さっきの言葉が飛び出したのだ。

 そこで、つい深く聞いたら「今の仕事にちょっとだけ関係してるんだけど」と切り出され、今に至る。

「恋愛漫画や友情漫画では、キャラクターはキャラクターに救われる。受け容れてもらえる。けど、現実は? 本当に、恋愛や友情の果てに、そんなことって起こると思う? もしそうだとしたら、私が今受けているこの仕事内容は? って思うと、私は、そこに夢を持てなくなっちゃったんだな。……あ、でも、これは別に私だけかもだけどね。他の人からそんな話は聞かないし。むしろ、元から思ってたことかもね、この仕事関係無く」

 まあだからこそ、フィクションを見ているときは浸っていられて好きなんだけど。

 彼女は、敢えて明るく突き抜けたような声で言った。

「この話はおしまい! さぁて、次は何を……」

「えらい」

 私は、たまらず言った。

「アンタは、えらいよ」

「どしたの、急に」

「だって、よそ様の行き場のない『受け止めて』って声を、受け止めてあげる仕事をしてるんだもん。えらいよ」

「……」

「がんばったね」

 ぽんぽん、とその背を叩いた。

 みんな『おかあさん』や『おとうさん』が欲しい。

 じゃあ『おかあさん』『おとうさん』を担っている人は、誰に受け止めてもらえばいいんだ?

「そもそも、人間なんてただ生きてるだけでもしんどいのに。ごはん作って食べて、掃除も自分のメンテナンスもして……人間の維持って本当に大変じゃん? だから、生きてるだけでえらいんだから。アンタ、めちゃくちゃえらいに決まってるじゃん」

 ぽん、ぽん……

 背中を叩いている内に、彼女の瞳から静かに涙が零れた。

「……ふふっ、私がやってることって間違ってないのかもってちょっと自信出た」

「そっか。なら、良かった」


『みんな、無償の愛に飢えてるのよ』


 そう言った彼女こそ、『全受容』『全肯定』が欲しかったのではないか。

 自分が切実に欲しかったから、他の誰かの望みに気が付いたのではないか。


 そう思うと、私はこの友人が愛しくて、眩しくて、ギューッと、抱き締めたくなった。


「今日は飲もう。たくさん飲んで食べよう」

「もう飲んでるし、食べてるよ」

「〆パフェまで行くよ」

「あはは、盛りだくさんだ」


 彼女にとってこの夜が、どうか温かで甘やかでありますように。

 私は、『天のいと高きところ』にいるだろう神様にそっと祈った。


 END.

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