第31話 ストレスフルな日は親友と話すに限る(親友。ロマンシス?)


「ねー、もう、本当ありえないんだけどー!」

 パソコン越しに、琳が吼えた。

 社会人三年目。毎日がストレスフルである。

『荒れてるわねぇ』

 パソコンから声が聞こえた。画面には、彼女の親友である祥子さちこが映っている。

 毎週恒例の、親友同士の定例会議だ。

「荒れるよ、荒れる! これで何回目だっつーの!!」

『百回目くらい?』

「とうに越してる! 百回なんて!」

『それはさておき』

「さておくな!」

 画面にビシッと琳がツッコんだところで、祥子が空っとぼけた笑みを引っ込め、

『言いたいことあるなら、このお姉さんに吐き出してみなさい?』

 大人びた微笑で琳を促した。

 彼女が荒れるとき、それはとにかく愚痴を言いたい時だとわかっているのだ。

「誕生日ではこっちの方が上なんですけどー」

『まあまあ』

 琳が唇を尖らす。

 だが、それを意に介さず、

『それで? どうしたの?』

 祥子はもう一度促した。優しい、声で。

「……」

 琳が、観念したように口を開いた。


「……ってわけで、まあ、いつものことなんだけどさー」

『そうねぇ』

「こっちが少しでも相槌遅れたり、聞きそこねたらめちゃくちゃ機嫌悪くなるっていう。向こうは、こっちの話はぜーんぜん聞いちゃいないってのにさ」

『いつものことね』

「かと言って、何か意見言ったら言ったで面倒くさいし。やり込められるし。詰問口調で矢継ぎ早に言われたら、頭真っ白になるじゃん? かと言って『もうちょっと穏やかにして』なんて言おうものなら、『甘えたこと言わないで』だよ?」

『辛いわよねぇ』

「そぉなんだよ~。そのくせ、きっとこっちが同じことしたらイチャモンつけるんだよ? いや、私の言ってることそっちの言ってることと同じですけど! みたいな」

『嫌ね、何か』

「本当だよ~。まあいいんだけどさー。上司とか親相手だと、っつか、たいがいの人間関係、こんなんばっかだから、慣れっこだけどさー」

 はあ。

 そこまで言って、琳は大きくため息を吐いた。

「何か……たまに、虚しくなる。誰も、私の話なんてまともに聞いてくれないんじゃないかって」

 椅子の上。

 ぎゅっと膝を抱えて、琳が言う。

「私は、誰かの言葉に一生懸命、共感して、理解しようと努めて、色んなことはなるべく笑って流すようにしてるけど、それだってしんどい時はある。そういう時、やっぱりちょっといつもみたいには上手く出来ない。それで、『甘えるな!』って言われるとさ……。結局、私はただのサンドバックなんじゃないかって思っちゃうんだ」

『……琳』

 祥子が、画面越しに力強く言った。

『大丈夫よ、あなたには、私がいる』

 大きく頷き、まっすぐに琳を見て。

『私がいて、きちんと、あなたの話を聞くから』

「祥子……」

 まるで、それは永遠の誓いをするが如く。

「ありがとう、祥子」

 それを聞いて、琳はにっこり微笑んだ。

「祥子がいるから、私は寂しくない」

 そして、いつも言うことを言った。

「何にも、寂しくないよ」

 パソコン画面に、コツンとおでこをくっつけて。

「ずっと、友だちでいようね」

『もちろん』

 祥子も、相変わらずはっきりと強く言う。

『ずっとよ』

 それは、永遠に変わらない。

 二人の約束だ。


 そんな彼女らの隣……つまり、デスクの隣。チェストの上。

 そこには、ケースが置いてある。

 ケースには『琳へ。最期に撮った私の動画です』と書かれてあった。

 その下には、町田祥子の一周忌を知らせる葉書。


 画面越しの親友同士の会話は、夜更けまで続いた。


 END.


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る