第19話 硝子越しに手を重ね(男女。入院している恋人を想う)


 冷たい硝子の向こう側。

 いつしか、彼女はそちら側の住人になってしまった。

「……ごめんね。私、なかなかここから出られなくて」

 ひたり。

 冷たい硝子に手を付けて、彼女が哀しそうに笑う。

「いいんだよ。仕方ないよ。ここの決まりなんだから」

 僕も、硝子にぺたりと手を付けた。

 硝子越しに、重なり合う手。

「うん……。でもね、私、すぐに出られるようにがんばるから!」

 彼女が、真っ白な顔をして言った。

「……無理はしちゃダメだよ? 無理して出て来られても、嬉しくないよ?」

 心配で、僕は思わずそう言った。

 本当は、誰よりも彼女に出て来て欲しいくせに。

「ありがとう。でも、がんばりたいの。だって、早く貴方に触れたいんだもの!」

「……うん」

 ──僕は、本当は知っている。彼女が、そこから出ることがもう叶わないことを。

 それでも、

「待ってるよ。ずっと待ってる」

 僕は、彼女を悲しませたくなくて、笑いながらうなずいた。

「じゃあ、約束のキス」

 彼女が、はにかみながら言う。

 僕は照れくさかったけれど、そっと硝子に顔を寄せた。

 彼女の方も、そっと近づいてくる。

 硝子越しのキス。

それなのに、不思議と唇には熱を感じた気がした。


 *


「……404号室の患者さん、調子どう?」

「駄目ですね。あれじゃ、ずっと出られないです」

「数値は悪くないんだけどねぇ」

「そうなんですけどね」

 医師と看護師が、言い合いながらそっと404号室を覗いた。

 その部屋の扉には小窓が付いており、そこから中を覗けるのだ。


 部屋の中では、パソコン画面にキスをしている青年がいた。


「……画面の向こうの『恋人』を、ずっと病気で入院していると思い込んだままなのは、やっぱりね」

「入院しているのは、自分なのにねぇ」

「あの思い込みを外さないことにはどうにも……」

「本人『たち』は、ある意味倖せそうだけど」

「現状を倖せだと思うと、抜け出しにくくなっちゃうからねぇ……難しいね」


 画面を隔てた恋人たちは、仲睦まじく笑い合っていた。


 END.

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