第18話 先輩の卒業を絶望に想う少女の話(百合。片想い。独白)
──いつか。
この吐くように泣いた日のことを忘れてしまうときが来るのだろうか。
忘れなくとも、「ああ、あんなことで泣いたっけなぁ」とうっすら思い出す程度になるときが来るのだろうか。
さようならと、また会う日までと歌ったことを「そんなこともあったね」と笑える日が、いつか。
「先輩」
涙をこらえて、必死で笑顔を作って、
「ご卒業、おめでとうございます!」
と言った瞬間のこと。
「ありがとう」
笑って答えた先輩の顔が、あまりにも美しかったこと。
「またね」
そう言って、私の頭を撫でてくれた先輩の手が、優しかったこと。
それらもぜんぶ、『思い出の箱』に入って、薄らいでしまうのだろうか。
私は今、誰もいなくなった教室で、嗚咽を零しながら泣きじゃくっている。
苦しい、あまりにも苦しい。
寂しさと悲しさがまるで暴風のように心から噴き出して、息が出来ない。
けれど。
この苦しさと辛さを忘れてしまう方が、よほど辛いような気がした。
先輩が、大好きだった。
好きで好きで、好き過ぎて、姿を見るだけで胸がいっぱいになった。言葉を交わすだけで、倖せだった。ずっと一生、それだけでいいとさえ思った。
そんな倖せな日々の、終わり。
先輩が私の頭を撫でてくれたあの瞬間、「あ、もうこの先にこれは無い」とわかってしまった。
こんな風に簡単に会えなくなることはわかっていた。学校の何処にも先輩の姿が見えない寂しさも、覚悟していたつもりだった。
けれど。
はっきりと、何故かはわからないけれど悟ってしまったのだ。
「ああ、先輩は、高校での人間関係は今日ここで終える気なのだなぁ」と。
嫌われていたわけではないと思う。
先輩にとって高校が嫌な場所だったわけでも無かったように思う。
それでも、先輩は。
前に進むことを、後ろを一切振り返らないことを決めたのだと、肌で感じてしまった。
もう先輩は、未来しか見えてないし、それでいいと心から前向きに思っているのだ。
高校も、後輩たちも好きだ。けれど、それはそれで、もう終わったこと。
目の前の未来とは関係の無いこと。
そんな風に。
それは覚悟していた範疇をすっかり飛び越えていた。
これ以上ないと思っていた絶望の底に、さらに大穴が開いたみたいな、虚無。
苦しくて、悲しくて、その瞬間は逆に泣けなくて。
時間が経った今、これまで経験した中でいちばんの絶望と悲しみに、立ち上がれなくなるくらい、泣いている。
それでも。
この悲しみが薄まればいい、とは、決して思わなかった。
思えなかった。
この悲しみすら、先輩がくれたものならば。
ずっと浸っていたいと思った。
いつかの未来に、この悲しみを「そんなこともあったなあ」と思い出す程度にしたくない。
ずっとずっと、先輩の不在を嘆いていたい。
ささやかな倖せが戻って来ることを、心のどこかで信じ続けていたい。
それでも、どうしたって薄らぐときは来るのだろう。
私は、その絶望をも思って、泣いた。
END.
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます