第29話


 王の執務室で、二人の同じ顔を持つ男は、向かい合っていた。


 緑の視線が絡み合う。


 あんなに分かりやすい記録が残っていたにも関わらず、なぜ自分は今まで気づかず見逃していたのだろう。

 自身の推論によって、アメリアと同様の結論に至ったナーヴェが、セルヴィスに問いかけていた。


「自覚があったか知りませんが、処刑されたあの女が兄上にとっての唯一だったのでしょう?」


「情けないが、彼女を失ってから気づいた。かつての私にとって、必要なものも、そうでないものも、すべて向こうからやって来るのが当たり前だった。だから、失うまで気が付けなかった・・・すべてが遅すぎた。愚かだな・・・」


「それで、自暴自棄になってあの薬を飲んだというのですか?」


 セルヴィスは静かに頷いた。


「薬の効果は絶大だった。痣は黒く変色し、思った通りの結果になった。だが、薬の効果は意図していたよりも強力に作用した。今思えば馬鹿げた行為だったが、当時の私は至極真剣に思い詰めていた・・・。

 もう後先の事を考えることすら出来なくなっていた私は、確実に効果があるという量の倍は飲んだ。おそらく、それが作用し番の痣近くにあるという、愛の感情を司る器官も損傷を受けてしまったのだろう。その時から私の愛は、機能を完全に失ってしまった。自業自得とはいえ、大きな代償だった・・・後悔が全くなかったとは言えない。今の私はかつて愛しいと思った女性との思い出すら、他人の記憶のようにしか感じられなくなってしまったのだから・・・」


「兄上・・・」


「アメリアと最初に引き合わされた時、正直に伝えるべきだったのだろう。添い遂げることはかなわない・・・と。だが、私の中で都合のいい期待もどこかにあって、本当の番と過ごせば、愛の機能が回復する可能性が僅かにでもあるのではないか・・・と考えた。

 自ら薬を飲んだのだから自業自得なくせに、何を今更勝手なことを考えているのかと、我ながら都合のいい人間だとも思ったが、やはり因果応報なもので、愛の感情が戻ることは無かった」


 セルヴィスは自嘲するように、そう言ったのだった。

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