第21話 アメリアの胸中


 セルヴィス様の弟で公爵のナーヴェ様が、私の為に茶会を開いてくださった。


 私を気遣って、辛いことはないか、大丈夫か、と尋ねてくれた。


 不安を押し殺して平静を装っているつもりだったが、それは十分ではなかったようで、ナーヴェ様には気付かれてしまっていたようだ。

 こんな調子ではいけない。


 この誰かに聴いてほしくて慰めてほしくて仕方がないような、惨めで憂鬱な気持ちは、誰にも吐露することは許されないのだ。


 これは私だけの秘密だ。


 ナーヴェ様が信頼できる方かどうかとは無関係に、誰がどこで聞いているのか分からないからだ。


 一度外に出してしまえば、どこから漏れるかわからない。


 妻を蔑ろにしているなどという噂が流れれば、セルヴィス様の不名誉になる・・・。


 実際、その通りだったとしても、それは私の中だけにとどめておかなくては・・・。


 それに、私が愛している男から一切顧みられないような、無価値で何の魅力も持たぬ憐れな女なのだと、誰にも悟られたくないという切実な思いもあった。


 噂を聞いた途端に涌いてくるような『本当の善人』も、恐ろしかった。


 純粋な善意は悪意よりも鋭く深く、避けることが出来ない傷を与えるものだ。


 私に傷をつけるのはセルヴィス様ただ一人で十分間に合っている。


 これ以上傷つかないためには、傷など無いように振舞わなくては。


 苦しくても、理不尽など存在しないように笑わなくてはならない。



 ◇



 このささやかな茶会は、小さなプライドのせいで、誰にも頼ることが出来ず一人で落ち込みがちな私にとっては有難いものだった。


 今の心境で、もし他の方に同じようなことを訊かれたとしたら、事情聴取のような圧迫感を感じたかもしれない。


 けれど、ナーヴェ様はそれを感じさせない。


 まともにお話をしたのは今日が初めてだったと思うのに、まるで以前からの知己のような安らぎさえ覚える。


 きっと、それは彼の細やかな人柄によるのだろう。


 胸の内に溢れる苦痛を打ち明ける事はできなかったが、豊かな時間だった。


 お忙しいにも関わらず、こうしてわざわざ時間をとって、作りものではないような真剣な表情で私の話を聞こうとしてくれる、ナーヴェ様の優しいお気持ちがただ嬉しかった。



 ◇



「セルヴィス様は、何か病か呪いに罹っておられるのでしょうか・・・」


 アメリアはハッとして我に返った。


 誰にも余計なことは言わず、黙っているつもりだったのに、気のゆるみから要らぬことを口にしてしまったと、彼女は後悔した。


 しかし、一度口を突いて出てしまった言葉は消せなかった。


 お加減が悪そうに見えたので・・・と、言い訳のように消え入りそうに小さな声で付け足した。



 一瞬ナーヴェが目を見開いたような気がしたが、気のせいだったかもしれない。


 彼はすぐに、いつものにこやかな表情で言った。


「兄上を心配してくださっているのですね。思い当たりはありませんが、私も気にかけておきましょう。」



 セルヴィスも、ナーヴェのように自分の目を見て話を聴いてくれたら良いのに、とアメリアは思った。


 ◇


 ナーヴェ様は、セルヴィス様の弟だと仰るけれど、あまりお顔立ちは似ていないわ・・・


 アメリアは思った。


 何より、目の色が違った。


 あの吸い込まれるような翡翠色ではなかった。


 ナーヴェの瞳は湖のような静かな蒼色を湛えている。


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