あなたのためなら

天海月

第1話 プロローグ


 獣人を祖先に持つエルランド王国には番を騙ってはならないという掟があった。


「番を騙った者は死刑に処される」


 1000年も前に定められた法で、今は形骸化していた。


 その理由は決して法が軽んじられているという類のものではなく、そもそもそんな馬鹿げた罪を犯す者は居なかったからであった。


 王国の住人にとって番は神聖で、番を欺いたものは外道の者として罰を受け、死後輪廻の輪から外されて異界を彷徨い続けるのだという伝承があった。


 そんなこともあってか、法を定めてから今日まで自ら番を騙ろうなどという者は存在しなかった。


 ただ一人を除いては。


 ◇


 レクシアという女が居た。


 両親の仕事の関係で、幼いころに隣国からエルランドに移り住んだ彼女は、この土地に住む者の血を受け継いでおらず、番のことを軽く考えていた。


 そんな彼女は建国記念のパレードで垣間見た王に一目惚れした。


 周りは真っ白になり、何の音も聞こえなって、ただ彼しか見えなくなった。


 自分の相手は彼しかいない、運命だと感じた。


 しかし、普通に考えれば平民の自分では王家に嫁ぐことはできないが、もし国王の番であったとしたならばどうだろうか。


 王家の長子には、対となる番が存在する者だけが持つ痣が必ずあるという。


 もし番であれば、身分など超越することができる。


 そう考えた彼女には何の悪意も無かった、ただ偏執的で一方的な強い熱を持った自身の感情を止められないだけだった。


 レクシアには誰かの番だということを示す痣そのものが無かったが、王の事が頭から離れなくなった彼女は国を持たない無頼の間者を頼ることにした。


 そして、国王の痣を調べ上げ、同じものを禁忌とされている魔術で自分自身に刻み込んだ。


 何の躊躇いも無かった。


 番を偽ることへの罪悪感も恐ろしさも何もなく、ただこれで彼を手に入れることが出来るのだという幸福感しかレクシアには感じられなかった。


 術が解かれなければ、相手を番だと認識し愛し続ける究極の魅了魔術。


 高い効果の反面、破られれば術の反動で死に至る恐ろしいものだったが、彼の心を手に入れられるのなら、それ位の代償は安いものだと思うほどに、レクシアは国王のことしか考えられなくなっていた。

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