仕事のコツはお豆の半分
「仕事のコツはお豆の半分といいます」
千里に連れられて艦内の菜園にやってきた。小さいながらも森や段々畑や溜池があり、園芸の域を超えた本格的な農場だ。彼女はそこでコーヒー豆を収穫している。
「美空さんの掌一杯にある豆、実はコーヒー半カップにもならないんですよ」
知らなかった。生鮮食品と農作物は印刷コスパが悪いので栽培したり輸入に頼っている。
「収穫率五割が前提?」
「そうよ。あなた、デンと港に座って指令してるだけでしょ。実際に働いて体験してみないとわからないわ」
汗水たらして兵站している輸送艦は言う事が違う。
千里はブレザーに素足のスカートという恰好にもかかわらず昇降ラダーやクレーンアームに腰かけてテキパキと摘んでいく。服は殆ど汚れていない。
「凄いです。
美空の前にひらりと舞い降りる。「そうよ。こういう身体だし、作業ズボンの類はNGでしょ。だったら魔女らしくを究めてやるさね」
口ぶりに年季が入っている。千里の実年齢が気になる美空であった。
あのう、と聞きかけて話題を変えた。
「故郷を出てから輸送艦のお仕事につくまでのお話を聞かせてください」
「そうね…」
美魔女は遠い目をした。
人死にを見たくなかったので転属を希望した。だが最新鋭の航空戦艦でありながら後方任務というのは軍が許さない。
まず認めて貰うためにはどんな部署でも結果が全てだ。
彼女は新しいアイデアを次々に提案した。そのどれもが石頭に阻まれたが航空戦闘哨戒のミッションをこなしながら出し続けた。
その一つに「ラスト1光年」という構想がある。最前線は危険に満ち溢れており弾薬不足が悩みの常だ。だが延びきった補給線はそこに届くまでに自衛用の武器を消費している。彼女はそこに目を付けた。
最前線までの残り1光年を重武装快速の航空戦艦でつなぐという。もちろん却下されたが、かねてより目をつけてくれていた提督が採用してくれた。
「おもしろい。彼女にやらせてみようじゃない」
提督の艦隊は髪の毛座銀河団の向こう。地球から十億光年単位の距離だ。その補給がうまくいかず観測宇宙の奥に巣食う輩に苦戦している。
「ねぇ、あなた。うちへいらっしゃいな」
提督に誘われるまま二つ返事で転属した。
そこで各兵科のニーズと補給をマッチングさせたり、万年弾薬不足に苦しんでいる部隊を任された。そこで千里はどうすれば兵士を困窮から成果につながるか考えた。
「着任したばかりなのに副官ポストをくれですって?図々しい子ね」
提督に呆れられながらも作戦の練り直しや連絡将校の小間使い、軍令部への
千里のバイタリティーに美空は圧倒された。
「そうだわ。嫌ならあたしも千里さんみたいに上をうごかせばいいのだわ!」
老獪な輸送艦はうなづいた。
「やりたいことが決まっていない時があるからこそ、自分のことを自分でコントロールできるの。あなたは自分の人生としてあきらめないことを選ばないといけないわよ」
美空は晴れ晴れとした気持ちで桟橋を渡った。その先に千穂が待ってくれていた。
「おねえちゃ…あわわ」
海に落ちかけた妹を咄嗟に支える。
「死人を利用して叡智を引き出すなんて、あなたゾンビ使い?」
図星を指すと千穂は「あっ」と驚いた。
「やっぱり、そうだったのね? 転勤話に落ち込んでる旦那さんに耳より情報もらってきてあげたから」
美空は―都市の女神さまはすっかりお見通しなのである。千穂の亭主はエリートであるが、それゆえに現場の裁量を熱望されている。事務畑の彼はそれがいやなのだ。
「その通りです」
千穂はあっさり薄情した。
「自分の選択によって自分らしさを感じられる選択の仕方を常に考えていくこと、それによって自分自身を認めてやり抜いていくことが人生を楽しむためには必要だとおもう」
美空は伝授した。本当は千里自身がチャーターした相談相手であったが、軍属でない彼女にとってはおっかなびっくり及び腰の世界だ。
「で、あなたもね…旦那さんをもっと引っ張ってあげないとね…死んだねーちゃんを使役したりとかじゃなくて」
「はぁい…」
すっかり、しょんぼりーぬな千穂。そして港がたそがれる。
自分はどうしたいか、自分の選んだ道はいつからスタートラインに立っているのかを考えて進む生き方を見つけるために、まずは自分の未来を自分で決めることが大事なことを改めて感じた美空だった。
(了)
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