遺志と闘志を継ぐ者
どうしてそんなに、泣いてるの? わたしが見てるの?
わたし、この目で、あの娘の涙を見るのよ。
泣くことこそが、私たちを別れさせるもの、そう思ってる。
わたし、あの娘の力があれば、何でもできる気がするんだもの……。
わたし、頑張るわ。わたしの人生の中だけじゃなくて、いつか、大きな船に乗って、大きな場所に行く。
もう、決めたわ。今は、泣かない。この涙は、この世と別れてくれたら、もうこれ以上、わたしを、泣かせたくないでしょう?
わたし、わたし、どこかで、誰かが死んでも、あなたが死んでも、あなたを泣かせちゃいけない。
あなた、わたしに、わたしに伝えてよ。
泣くまい? あなたの目には、もう、空があるのかしら?
でも、まだ死ぬのは恐くない? じゃあ、教えてちょうだい。
あなたと、会えた、その日の夜明けが、わたしを生き返らせる。
わたし、あなたの、お姉さんになってあげるよ。
涙に濡れた帆と、翼が、わたしを待っているわ。
ああ、ああ、涙が止まらない……。
あなたは、わたしが死んだら、それが分かった時、きっと悲しんでくれると思うの。
私に、伝えて、あの少女の名前を教えなさい。
あなたが、わたしとの思い出で育ててくれた。わたし、あなたを、育てた覚えはないんだもの。あなたを覚えていたことに、感謝してるの。
わたし、ずっとあなたの力になりたいと思ってた。あなたの血を引いてるわたしは、そういう生き方で、生きるしかないの。だからね、頑張って働くね。
あなたが、どういう風に生きてるのか、あなたが、私たちにどんな想いを抱いてるか、知っていくの。
もう、わたし、この世の中じゃなくて。わたしだって、他の人のことを考えたいな。
だから、これからもそんな風に、生きていきたい。
あなただけじゃない、わたしだって、ずっと一緒にいた。もう、本当に、私たちだけの世界、なんだから。
またね、美空。さようなら、あなたはもう、歩いていくわ。あなたのお陰よ。私たち、これからもずっと、これよりずっと。
あなたが、わたしが死んだって、誰も、わたし達の世界を壊さない様に、わたしを閉じこめているから。あなたが、死んじゃっても、誰も気づかないと、思ったんだから。
さようなら。
その想いはずっと、あなたに抱かれて、あなたが死んでいく。それが私たちなんだって、みんな、言ってる。
だから、あなたのそばに居る。ずっと、あなたのそばに。
だから、あなたのために、あなただけのために。あなたのためだけに、死んでいって大丈夫だから。だから、一緒に生きて」
その言葉に耳をくいっと押さえられて、美空は立ち上がった。
そして、今まで見たことがないほどに真っ直ぐに目を見開いて、今まで見えなかった、真っ白の、光りを、目に感じた。
そう、あなたが、言う通りだったのか。
美空はその言葉を知って、胸が熱くなった。
あなたがいなければ、わたしとの思い出は、空っぽだったのか。
あなたは、何も悪いことをしていないのに…
わたしは、あなたが悪くないことにも気づきたくて…それは何を罪だとも、何を償うためにも…
なんだか自分を縛っていると、そう、自分を責めることばかりをして、これほど自分を愛してくれていた、あなたのことを、愛そうとしてくれなかったのを、あなたは分かっていないと、そんなわは、あなたは、わたしは、あなたは、わたしは、悪い自分なんで……――――
この胸の内で、そんな想いを、想いを、わたしは……――――
カンカン…カン…と踵が急峻な鉄板を打ち付け、カランと金属音が響いた。
ローファーの片方がくるくると遠ざかっていく。
「もうっ!」
美空はもう片方を脱ぎ捨てると素足のままステップを駆け上がった。
ミドルデッキに上がると
通常なら、
なぜなら何万、何億、光年単位を渡り歩く地球外知的生命体と互角に戦うためにはそれほどの
その無敵の艦が
美空、いや、フィエルテ・オーファメイに護られてきた星間開拓団はどうやって生き延びればいい。
答えは
「あなたの血を引いてるわたしは、そういう生き方で、生きるしかないの。だからね、頑張って働くね」
バタバタと宣教師に駆け寄ると告解を願い出た。
「わたし、AAAED処置を受けます!」
いうなり、宣教師は制止した。
「貴女はまだ未成年でしょう!」
「わたしはオーランティアカの血筋です!適合するはずです。
宣教師はどうしたものか、と傍らの士官に尋ねた。
「どうって…私は歯科医ですよ。兵員宿舎に常駐しているからって無理やり軍属に…」
航空戦艦が死んで事実上の軍人は彼女しかいない。
「歯科医でもAAAED装置は使えるでしょ。設計上はガールスカウトのブラウニーでも操作できるって習いましたが?」
美空は医者の及び腰に心底腹が立った。
「しかしこれからっていう子の身体も心も魂も奪ってしまうというのは…」
前途ある健康な若者を、それも思春期の女の子に結婚も出産も恋愛も未来永劫放棄しろと命令するのは忍びない。
「フィエルテはわたしの従妹です。適合するはずです」
そういうと、血のにじんだ靴下を右足から抜いた。視線の先には
もう、袖を通すこともないだろうが…。美空は名残惜しそうに制服を一瞥した。そして襟元を緩める。
『第四象限、七時の方向に大規模な重力波探知。どうしますか』
対空監視員が歯科医に指示を仰ぐ。「どうって?」
見ちゃいられない。美空は人生を捨てる覚悟を決めた。いや、そうではない。
フィエルテの想いを継ぐのだ。
「AAAED装置、わたしを
美空はそう命じた。
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