真面目で優秀な幼馴染が優しかったのは、私を恋人にするためだったらしい。
燈外町 猶
第1話
「私の恋人になって」
その放課後はいつも通り、
プリントの解答用紙が全て埋まり、帰宅の支度を済ませて立ち上がった私の裾を掴むと、「大切な話があるの」と言ったまま一時間程固まり、ようやく切り出した真綿。
「……はぃ?」
「なってくれないなら、もうお弁当作ってあげないし、勉強教えてあげないし、
小学生の頃、周りの皆みたく精力的に生きることのできない私を『お前みたいなやつを昼行灯って言うんだよ』と担任の教師は揶揄した。
その時、私はまずまずホッとしたのを覚えている。ああ、私みたいなやつを表す言葉があるということは、私みたいなやつは少なからずこの世に存在するんだと。
もしそこで『バカにされてたまるかー!』と奮起できる人間だったらもっと変わったんだろうけど、私は前述したみたいに受け入れてしまったから、今も昼行灯のまま。
運動も勉強もできない。社会性も芸術性もない。
だから――
「それは……困るな……」
――真綿からそんなことを言われてしまうのは、本当に困る。
確かに甘えすぎだとは重々承知していたけど、「好きでやってることだから」という彼女の言葉で安心していた。
まさかそういう好きだったとは……。
「じゃあいいよね。恋人で」
「別にいいけど……何すればいいの?」
拒否権はないようなものだ。なって損するものでもないだろうし、ここは要求を飲むことにする。
「じゃあ……えっと……まずは……その……ぎゅって、して」
「うい」
真綿の身長は平均より低く、私が平均より高いせいで抱擁すると彼女の顔が胸部に埋もれた。
「もっと……強く」
「苦しくない?」
「苦しくていいの。苦しくして」
変な注文だ。真綿ってキリッとしてクールなイメージだったんだけど、意外とマゾなのかな。
「んっ……」
「えっ大丈夫?」
「ちょっと、なに離してるのよ」
「だって真綿が変な声出すから……」
「仕方ないでしょ出ちゃうんだから。それに出てもやめないで。あと、やめてって言ってもやめないで」
「なんだそれ千鳥のロケかよ……」
しばらく注文通りきつく抱きしめて、ついでになんとなく頭とか腰とか撫でたりしていると、真綿は両足から力が抜けたように崩れ、私に全体重を預けた。
「こんなもんでいい?」
「……ん、うん」
いつまでも支えてあげられる体力はないので、ゆっくりと体を下ろしていき、真綿の膝が地面に着いたので一旦離れる。
まだ物足りなさそうに私を見つめる瞳は潤んでいて、頬が桃色に上気し呼吸も荒い。
ほら、やっぱ苦しかったんじゃんか。こいつ変なところで強がりだからな……次はもうちょっと早めにやめてあげよ。
「きょ、今日は……こんなもんで勘弁しといてあげる」
戦隊モノの悪役みたいなこと言い始めた。
「でも……次は……「わかってる。次はもうちょっと緩くするから「次はもっときつくして。あと撫でるなら……撫でてくれるならもっと激しくして」
えっ、いや、こんな苦しそうなのに? もー……強がりにも程がある。
「それと……忘れないでね灯里。今日から私達は恋人。もしあんたが浮気したら……間違いなく二人の人間が凄惨な人生を辿ることになるから」
二人……ってことは……。
「私と……その、付き合った人になんかするってこと?」
「え? 灯里を浮つかせた人間と、その人間の大切な人間に決まってるじゃん。私が灯里になんかするわけないでしょ?」
「……肝に銘じます……」
それがさも当然のかのように、可愛らしく首をかしげて脅迫してみせた真綿。
「今日から……新しい二人だね。幼馴染じゃできなかったこと……たくさんしようね」
「……善処します……」
そんなわけで、優秀で真面目で優しい幼馴染が――ちょっと怖い恋人になりました。
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