夏ですね、ぱいせん。

第七話 夏は夜

梅雨も晴れ、絶好なお天気の下、一学期の終わりを告げる式が体育館で行われた。


体育館は去年に立て直ししてちょっと綺麗になったのと広くなっている。新品の床の匂いがするちょっと新鮮味が溢れている。


普通校長の話は長い、というのが結構な定石だが、俺の学校の校長はたった一言で済ます。


「一学期お疲れ様」

「校長先生ありがとうございました。次は生徒会長の挨拶です」


なんだろうこの校長の適当感は。


校長が壇から下がると舞台袖からあの高身長美人の生徒会長が出てきた。なんかああいう人って制服とかよりドレスが似合うよな。


「皆さん、おはようございます」

「「「おはようございます」」」

「生徒会長の萩原絵梨です」


生徒会長って下の名前絵梨だったのか。

茉莉かなんかだと思ってた。


生徒会長が夏休みの注意点や、課題の取り組み方を説明している中、俺は後ろから背中を突かれていた。


誰だろうか。俺なんかに触るもの好きがいるのなら心当たりなどない。どうせちょっかいに決まってる。


しっかしなんだ。この背中に当たる指の感触は。どう考えても男子ではない。俺の反応を気持ち悪がるための女子の罠か。


えーいままよ!

ちょっと怖いけど振り返ってみるか。


「…!?」

「ちょ、静かにして」


突いていたのはあの篠崎まおだった。

え、なんで?


「携帯貸して、画面開いてね」

「お、おん」


取り敢えず先生にバレたらヤバいので無駄な抵抗もせずロックを外し篠崎まおに渡す。


すると篠崎まおはパパッと自分の携帯とかざしてこっちに返してきた。


「夏休み、暇してるなら遊ぼ?」

「!?」


戻ってきた画面を見ると、そこにはMaoと書かれたSNSのトーク画面が。え、これって何?連絡してもいいよ?ってこと!?


「…」


遊ぼ!?篠崎まおからのお誘い!?

周りに見えんように小さくガッツポーズ。


一体なんなんだ?なんか裏がありそうで逆に怖くなってきた、やばい。絶対裏あるよ。裏あるアルよ。


「以上です、それでは良い夏休みを」

「生徒会長、ありがとうございました。それでは一年生から退場して下さい。各クラスで課題を配布した後解散となります」


いつのまにか生徒会長の話は終わっていた。


司会の声に従って、ぞろぞろと二列になった生徒たちがそのクラスの担任を先頭に教室へ帰っていく。


もう夏休みか。なんか実感湧いてきたな。


廊下を歩きながら、外の景色に目をやると、清々しい晴天、その遠くには夏の積乱雲。

セミが止まっているコナラの木には青々とした葉っぱが茂っている。


「きりーつ、礼」

「「「ありがとうございました」」」


一刻も早く、我先にと下足箱へ向かうクラスメートたちの逆を行く。


あの下校の渦に飲まれたら命はない。いや、あるんだろうけど自尊心がなくなる。これ以上無くなったら終わりだぞ。ってかそもそも人混みは普通に嫌いだからね。


そして俺が廊下を曲がると目の前には。


「あ、ぱいせん」

「あの一年生」


そう、あの一年生がいた。咄嗟にあの一年生なんて言ってしまった。篠崎まおと連絡先を交換した事がインパクト強すぎて頭回ってない。


その一年生は生徒会の仕事かなにか知らないが書類を抱えている。


「あの一年生、じゃないです」

「?」


俺が「あの一年生」と言ったことが引っかかっているのか少し不満そうな感じだ。そりゃそうよな…。


「そんな名前じゃないです」

「そ、そうよな、ごめん」

「別にいいです、けど」


普通に反省した。いくら頭が回ってないとはいえ、呼び方のミスくらいは自覚出来る。


「…」


一年生は少し不満そうに空いた手で自分の指で髪をくるくるし始めた。


めっちゃその仕草が可愛すぎて、ほわほわなりかけてたら、その一年生が何か呟いた。


「八重桜です」

「…?」

「八重桜こはるです」

「お、おん」


俯きがちにボソボソと、でも聞こえる綺麗な声で名前を呟いた八重桜こはるさん。


なんだこの生き物は。

突然名乗ってきてくれたんだけど。

え、かわいい。


「…」

「…」


そんなかわいい八重桜さんは俯いて無言のまま。


気まずい。なにか言ってくれ。俺から話すことは何もないから…。


にしてもしばらくこの八重桜さんにも会えなくなるな。そう考えるとなんか悲しい。


なんやかんやで遭遇率結構高かったから、八重桜さんに会うのが、放課後の楽しみのひとつになってたし。


にしても突然なんで名乗ってきたんだろうね。


「携帯貸してください」

「お、おん」


と、沈黙を破ってくれたのは八重桜さん。


最近携帯貸してなんていうのが女子高生の間で流行っているのだろうか。

だとしたら今の時代では珍しい軽いプライバシーだ。


取り敢えず貸してみると、八重桜さんは自分の携帯に俺の携帯を軽くかざしてこっちに返してきた。


「ぱいせんはどうせ暇してると思うんで気が向いたら連絡します」

「…」


なんのために携帯を借りたのか、答えは篠崎まおと同じで連絡先の交換だった。


その証拠にSNSに八重桜こはるというフルネームのトーク画面が追加されている。アイコンは友達とのプリの2ショット。いかにもJKっぽい。


「では、お気をつけて」


そして生徒会室の方へ歩いていく八重桜さん。


「…!?」


少し遅れて俺は事態を把握した。いや、把握は出来てたかもしれないんだけど、実感したっていうのかな。


なんで女子の連絡先が2件も増えてんだよ。なんだ、俺はもう昇天するのだろうか。お馬さんに看取られながら、我が人生に一片の悔い無しとか…?


生徒会室へと向かうその背中をぼけーっと見送りながら、俺は何か忘れてるような気がして肩にかけてた鞄を開いてみると、そこには団子が。


「あ、八重桜さんに団子渡すの忘れてた…!」


この前の掃除用具箱事件のお返しにと買った夢太郎団子を、八重桜さんに会ったら渡そうと思ってたのだ。忘れてた。


「あ!あの!!」

「?どうしたんですか?ぱいせん」


廊下を曲がろうとしていた八重桜さんを呼び止めると、髪を靡かせながらこちらへ振り返る。まだ声が届く位置にいてくれて良かった。


振り返る仕草はなんか心にくるものがあるというかなんというか少しトキメキを感じた。


「これ!こ、この前はありがとう!」

「わ、夢太郎団子!ありがとうございます」


地元問わず結構人気のある夢太郎団子は休みの日に行くと道まで行列が出来るほどの名店なのだが、俺の家が近いのでチャリで行って買ってきたのだ。もちろんちゃんと並んで買った。


「そ、それじゃね」

「はい、これ頂きますね!それでは」


心なしか嬉しそうに歩いていく八重桜さんを今度こそ見送り、俺は駐輪場へ歩き出した。


今年の夏は何か起こりそうな予感がするね。

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