ぱいせん。

橘ささみ

春ですよ、ぱいせん。

第一話 春はあけぼの

春ももう中頃。季節が流れるのは早いもので、この前入学したかと思えばもう二年生の春だ。時間は経つのが本当に早い。


俺は放課後の廊下をひとりでぶらぶらしていた。


二年生にもなってこう、なんでひとりで放課後を過ごしているのかというと、苦い思い出があったわけなのだ。それはもうにがーい思い出が。


その思い出とは今から遡ること丁度一年前、入学式が終わりクラスに戻って最初の席決めの時。その最初の席で隣になった篠崎まおさんに一目惚れをしてしまった俺は『ここで臆さず行くのが高校デビューだろ』と後先を何も考えずに何の脈略もなく「2人で遊びに行こうぜ」などと声をかけてしまったのである。


なんで最初から「2人で」とか言ったんだろうか。

しかもそれまで一切話してもないのに。

今思えばヤバいやつだよな、マジで。


それが高校生活始まって速攻のやらかしだった。速攻にして致命的な。


俺がイキ告(いきなり告白することを世間ではそういうらしい)をしてしまった女子、篠崎さんは入学後速攻で派閥を作っていたほどのクラスカーストの最上位に君臨する女子ということが災いした。


次の日登校した俺は何故かクラスのやつら全てに距離置かれるようになってて、不思議に思った俺が前の席にいた男子に聞いたところ、篠崎さんに言った『2人で遊びに行こうぜ』発言がSNSのクラスグループで広まっていたことを知った。


そしてクラスグループの存在もその時知ったのだ。


ってか入学後に同じクラスになった知らん人間同士が席近づけてすぐ仲良くなるやつさ、あれ凄いよね。


「はぁ」


人生は残酷だ。というか陰の者にキツい、キツすぎる。ラノベに出てくるようなオタクに優しいギャルなどこの世にはいないのだ。


いたとて、それは表面上だけで裏では嬉々としながらSNSにネタとしてあげているのが関の山。


「しっかし、この時期は桜が綺麗やな」


俺が通う県立高校は山の上の盆地にある学校で、県の中心部からは少し離れた田舎にある。そのため空気は綺麗だし、街の人もあったかい雰囲気ある。まぁ、田舎特有のしがらみみたいなのもあるけどね。


「さて、そろぼち帰るか」


さて、なぜ俺は放課後こうしてぶらついてるかというと。

それはね、帰ろうとすると下足箱に行かなきゃじゃん?

基本終礼後の10〜15分間って下足箱にクラスメートが居るわけなんだよね。

なんか自分的に気まずいからさ、その空気を避けるために散歩してるってわけ。


俺は人と関わるのがあまり得意じゃないからね。

横通るときとか会釈いるじゃん?あと大体道塞いで話してたりするから通れんし...。


じゃあなんで篠崎さんに声掛けたの?って?

それはね、直近で読んでたラノベの影響です。はい。


さて、今日も一日お疲れ様自分の意味も込めて、帰りに近くのショッピングモールで大判焼きでも買って帰ろうかね。


風が吹き、残った桜が散っていく。


駐輪場についた俺はママチャリの鍵を外してサドルに跨った。近所の自転車屋で買ったリサイクルママチャリは変速こそついてないけど、ワインレッドってのがオシャレでお気に入りなのだ。


学校から目的地のショッピングモールまで自転車で5分も掛からない。


俺は片耳だけイヤホンを付け、ラジオを流す。

古臭いかもしれないが俺にとって一番リラックスできるのがAMのラジオなのである。まぁ、山奥なだけあってFMが入りづらいってのもあるけど。


「ぱいせん」

「っえ!?」


漕ぎ出そうとしたその時、後ろからなんか声が掛かった。俺は驚いて変な声を出した挙句、立ちゴケ。


「驚かしてしまいました。大丈夫ですか?」

「お、おん」


コケた状態で上を見ると、なにやら女の子がいるような気がしないでもない、いやいた。


黒髪をハーフアップでまとめ、少しまるっこい輪郭で目は少し茶色のぱちくりした目。少し赤味の乗った頬にふっくら唇。長く伸びたまつ毛に形の整った眉。身長は150cmあるかないかくらいでスタイルはスリムでシュッとしてる。何が言いたいかというと、めっちゃ可愛い女の子が。目の前に。


なんでいきなり話しかけてきたんだろ!?わっかんないよ!!


「…な、なんか聞きたいことでも?」


なんとか声を絞り出す。授業と独り言以外で声を出すことは全くない俺は対人となると発声方法を忘れてしまうのだが、今回突然にしてはうまく会話を切り出せたのではないだろうか。


俺のファインプレーな返しにその女の子は不思議そうに首を傾げて、


「いえ、何も聞きたいこととかないですし、今日は18時から駐輪場の清掃と告知してた筈なので移動して頂けると助かります」


と、淡々に返してきた。


「!」


まさかの返しにびっくり。やっべ、普段連絡事項とかを聞き流してたのが裏目に出ちまったようだOMG。


少し落ち着いて改めて前の女の子を見てみると、着てる制服には生徒会の腕章がついていて、その色は一年の色を指していた。入学してすぐに生徒会に入ったってことだよね。そしてその手には鉄のトングとゴミ袋が握られている。


「あ、もう帰ることなんで!すいません」

「お気をつけて」


思わず後輩の子に敬語を繰り出した俺は、焦るように倒れたままの自転車を起こして、そそくさとその場を離れるように校門を潜った。


その後、頭の中が空っぽになってショッピングモールに寄ることすら忘れて直帰したのは言うまでもない。

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