ディストピア←→ユートピア

水原麻以

ディストピア

ビビビッ! ビビビッ!

けたたましい警報が尋常ならざる事態を訴えていた。

騒音が環境基準をはるかに上回っているが、生命と財産を守るために仕方がない。

四の五の言っている余裕はないのだ。

アナウンスが流れる。

「緊急事態を宣言します!」

「都民のみなさんは落ち着いて行動を!」

警報はどんどん悪化する現状を切々と伝える。

「みなさん、一人一人の自粛で乗り越える事ができます」

声は協力をしきりに要請している。

「緊急事態を宣言します。都議員から陽性反応が検出されました」

「緊急事態です。テレワークで参加していた複数の議員宅から陽性が…」

「緊急事態です。都はこれより機械による行政に移行します!」

なかなかシビアな状況になってきた。それでもあの手この手の次善策が用意されている様子だ。緊急事態の内容はともかく、ここまで先手を打ってあるとは、どんな自治体だ。平時はさぞすばらしいユートピアだったのだろう。

それだけに未曾有の不幸が悔やまれる。

「緊急事態を宣言します。本日の死者は〇万人。生存者は都人口の1割を切りました」

まだまだ余裕で持ちこたえるらしい。

ところが…。

「皆さん、遂に最後の都民が心肺停止になりました。緊急事態です!」

行政機械の調子が狂い始めた。間延びした声で現状を報告している。

緊張感がまるで感じられない。

「皆さん、緊急事態です。非常用電源が故障しました」

「バッテリー緊急事態を宣言しまs…だれ…か…ヨビばってりーヲ」

ついにエネルギーが切れたらしく、赤茶けた鉄の塊は沈黙した。

装置の周辺には鬱蒼としたジャングルが広がっている。

木々にカラフルな花が咲き、たわわな実を鳥たちがついばんでいる。生い茂った森の向こうでくず折れたコンクリート建築や錆びた鉄骨が散乱している。

それ以外はみずみずしい緑の沃野だ。大地は見事に自然を取り戻した。

野生動物の中に二足歩行する者はいない。

そう。緊急事態はとっくに終了していたのだ。

チチチチ…。

澄み切った青空を春告げ鳥が横切った。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る