エゴとリアルとイノセント
帆尊歩
第1話 東京駅 13:15
この間まで大阪に住んでいた私にとって東京駅にくるなんてずいぶん久しぶりのことだった。
官庁や大企業というイメージがあったので、どこか閑散としたものを想像していたが、新宿や池袋となんら変わらない。嫌少しだけ洗練された感じか。
なんだかんだ言っても東京の玄関口だ。
大きな荷物を持った人たちが行き交う。
私は東京駅のコンコースをさまよった。東京駅に前に来たときはいつだったと思い出す。多分十年ぶりぐらいだろ。
東京駅の喧騒のせいか、期待と不安のせいか、私の心は高鳴っていた。
あなたを待つとき、私はいつだってひどい不安にさいなまれる。
あなたはこないんじゃないか。その不安が頂点に達すると、いつの間にかそれでもいいやと思う自分が存在する。
来ると約束したのに、気がかわって来ることをやめた。そんな不安にさいなまれながら、それでも、そこにたたずむと、それだけでもどこか嬉しい。
かつてあなたと大阪を歩いた事がある。
残暑の残る大阪はもう秋だというのにひどく暑く、まるで巨大なサウナに入っているようだった。私とあなたは、そんな大阪の難波を歩いていた。
あなたと歩くことはひどく緊張する。
あなたのことが大好きだったから。
絶えずあなたが私に何を求めているのか。そして何をしてあげればいいのか、さらにあなたから嫌われないようにするにはどうしたら良いのか。だからいつだって、あなたと一緒にいるときは嬉しいとか、楽しいという感じは受けない。それが終わったあともう一度その状態を思い返して楽しいとか思えてくる。だから約束の場所にこないことは腹立たしい反面。その緊張状態にならないという安堵感と二つの別々の感情が入り乱れている。もっとも今まであなたが私との約束を破ったことはないし、すっぽかしたこともない。でもどこかでこないのではないかという不安がいつだって、わたしの中にある。
大阪を二人で歩いていた時、私は岐阜にい、あなたは京都に住んでいた。
京都駅で待ち合わせをして、そのまま大阪に向かった。私はそのころ岐阜より西にいった事がなくて、京都と大阪の在来線からの風景を物珍しそうに眺めていた。
大阪駅で降りて地下鉄の御堂筋線に乗り換えて難波までいく、難波で地上に出るためのエスカレーターに乗ると、前に乗っていた若いお母さんが赤ちゃんを抱いていた。その赤ちゃんの顔がちょうど私たちの目の高さになった。あなたは赤ちゃんに手をふり、私も一緒になって手を振った。そんな些細なことをやっていることに不思議な喜びを感じていた。
二人で大阪に行ったのは取扱商品の展示会が大阪でおこなわれていたからだった。取引先には十二時に行くと約束をしていたのに、今がその十二時だった。まだ携帯も一般的ではなかったころだった。最初に誘ったのはあなただったので、あなたはだんだんあせってきていた。でも私はただあなたと一緒いられる事が嬉しくてしかたがなかったから、なんとも思わなかった。
あなたは何を思ったのか。
「ちょっとここで待っていてください」と言い残すと、走って目の前にある大きな交差点を曲がった。
あなたの姿が見えなくなり私は右も左も分からない大阪の街角に取り残された。秋だというのに妙に暑い空気が、あなたを陽炎のように消してしまったような錯覚に囚われて私は迷子の子供のようにそこに立ち尽くした。そうだもう忘れてしまっていた迷子になる不安感だった。
そのころからだ、私は、あなたを本気で好きになり、私はあなたと一緒にいることを望んだ。その反面私、私はあなたと結ばれることはないという漠然とした予感のような物があって、いつだってこれがあなたに会う最後かも知れないという思いが、まるで覚悟のように私の心の中を支配していた。
だから私はどこかで、あなたと一緒にいる時間を少しでもいい思い出にしようとして、ひどく緊張していた。だからあの難波の街で、一瞬でもあなたが私の前から姿を消した時だって、覚悟があったから、違和感はなかった。
まるであなたなんて始めからいなかったかのように、あたかも京都から難波まであなたがいたことの方が幻であったかのように、私の心はフラットな状態だった。難波のエスカレーターで赤ん坊に手を振ったのだって私が勝手に作り出した単なるエピソードなのではとおもえてならなかった。
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