第3話 破の章2

 ぼくが目を開けた瞬間、最前列右から二番目に座っていたユウスケが「うおおお!」と叫びながら拳銃を持っていない方のテロリストに殴り掛かった。

 飛び掛かられたテロリストは一瞬ぎょっとするも、すぐに平静を取り戻し、体を捻ってその拳を交わす。

 拳銃を持ったほうが罵声をあげながら銃口をユウスケに向けるが、その隙に背後からナオがこっそりと忍び寄り羽交い絞めにした。

「てめえ!」

 羽交い絞めにされた彼は、右ひじを後ろに折って再び銃口をナオへと向ける。

 きゃあ! と再び女子の悲鳴が上がったけれど、その悲鳴が終わる前にハンドボール部のジュンイチが渾身の力で椅子をぶん投げた。

 椅子が飛んできた瞬間にナオは羽交い絞めを解き椅子を回避。椅子をよけ切れなかったテロリストは顔面を押さえて怯む。

 それを見て慌てて駆け出したもう一人のテロリストだったが、すぐに足を止めた。

 びゅん、という風切り音の直後に黒板に大きな穴が出現したからだ。

「次は顔面を狙うよ」

 野球部のエース、ユウヤの渾身のストレートだった。

 それと同時にバスケ部のナオキが、拳銃を持ったまま怯んでいるテロリストに向かって机を振りかぶり、顔面に思いきりダンクシュートをかました。

 ぎゃっという間抜けな声と共にバスケットゴールと化したテロリストは膝から崩れ落ちる。からん、と拳銃が手から零れ落ちた。

 サッカー部のハヤトが拳銃にスライディングシュートを決めて蹴り上げ、それを同じくサッカー部でキーパーをやっているヨシヒロが優しくキャッチした。そのまま銃口をもう一人のテロリストに向ける。

 ミリタリーオタクのジュンヤが「ヨシヒロ、安全装置の場所はわかるか?」と問いかける。

 まずは一人ダウン。

 カツキとカオルが伸びているテロリストをビニール紐で縛り付け、そこにユウマとジュンが加わって四人で体を拘束した。

 銃口を突きつけられて逆に追い詰められる形となったもう一人のテロリストは、未だに現実を受け入れられないのか顔を絶望に歪めたまま動かなくなった。

 拳銃を持ったヨシヒロとテロリストが睨み合う。

 数秒の硬直があった次の瞬間、剣道部のハルタが竹刀を片手に突撃した。

「キエエエエエエエエエエ!」

 と、メンなのかコテなのかわからない声を挙げながら突進してくるハルタに面食らったテロリストは慌てて刃物を取り出したが、振り下ろされた竹刀がその刃物を撃ち落とした。

 どうやら叫び声はコテだったらしい。

 そのまま続く二撃目は転がりながら回避されてしまったが、転がった先にはホウキとチリトリを持ったコウキとトモキが。「ゴミ掃除だ」と言いながら二人にぶん殴られたテロリストは、ゆっくりと気を失った。

 ケンタロウとトモヒサとユタカがもう一人と同じようにビニールひもで彼を縛り、教室の前に並べた。

 最後にぼくが格好良く「狙うクラスを間違えたね」と笑い、スマホで記念撮影をした。

 ダウンした二人を前にして、ぼくたちは歓喜の大声を上げた。

「うおおおおおおおおおおおおおおおおおお!」


 うん、想像通りだ。

 うまくいってよかった。


 男子どもは一丸となってテロリストを撃退したこと……というより、一生叶うことがないと半ばあきらめていた妄想が実現したことに喜び、抱き合った。

 女子たちは茫然としながら「なんであんなにスムーズな連携ができたの」と驚いていたので、ぼくが代表して「まあ、シミュレーションなら死ぬほどやったからね」と答えておいた。

 しばらくすると警察が来て、ぼくたちはそのまま警察署に連れていかれた。

 危険だ、次からは警察を待ちなさいと一通り叱られたあと、最後の最後に「無事でよかった」と言われ、張りつめていた糸が急に切れたかのようにぼくたちは地面に座り込んだ。

 警察署の地面に。

 中には今さら恐怖がやってきて少し涙目になっているやつもいた。

 ぼくも疲れたので同じように蹲りたかったけれど、それよりも確認しなければならないことがあった。

 疲れた足に鞭を打って、ぼくはさくらを呼びつけた。

「ねえ、さくら。ちょっといいかな?」

「ん-、なに? 告白? テロ後の吊り橋効果を狙ったのならそれは大正解」

 適当に答えられたのでぼくは彼女をひと睨みして、強引に腕を引っ張った。

 あの時、さくらがぼくの目と口をふさいだ瞬間にテロリストが攻め込んできた。

 彼女はぼくが今までに行った現実改変をすべてメモしていたし、風船をとったことも目撃されていた。さらに言うと、目を閉じることが現実改変のトリガーだということまで予想されていた。

 このことから、さくらはぼくの異能に気付いているんだと予想できる。

 どうして気付いたのか。疑問はそれに尽きる。

 だって普通クラスメイトが現実改変をする異能を持っているだなんて思うか?

 そこまで考えたぼくは、ある可能性に思い至った。

 さくらも、何らかの能力者だという可能性だ。

 思い返せばぼくは彼女に顔を塞がれたとき、絶対に危険なことを考えないよう気を付けていたはずだ。

 そのはずだったのにいつの間にかテロリストが攻め込んで来るなどと言う中学生レベルの妄想を繰り広げてしまった。

 まだ、さくらにえろいことをされてしまう妄想をしてしまったのならわかる。目隠しされていたし。耳元に吐息がかかっていたし。

 正直興奮していたかと聞かれれば、答えはノーコメント。

 話を戻そう。

 今回の出来事で不思議な点は三つだ。

 どうしてさくらはぼくの異能に行き当たったのか?

 どうしてぼくは、下らない妄想を繰り広げてしまったのか?

 そして最後。どうして、少なくとも数秒以上、さくらに後ろから絡みつかれていたのに、クラスの誰もそれに対して反応をしなかったのか?

 はじめの二つと比較すると、最後のは小さな疑問かもしれない。

 けれど、あんな大胆なことが起きていて高校生が誰一人反応しないなんてことはあり得ないだろう。

 ぼくはそれを問い詰めるために、さくらを呼びつけたわけだ。


 もちろん、現実改変の能力を使ったら何らかの回答は得られるのかもしれないけれど、使う気はなかった。

 そんなの、面白くないからだ。

 正直、毎度毎度悩んだ時にこの選択肢が頭に過ってくるのさえ、面白くはない。


「で、話って何?」

 さくらが背中越しに問いかけてきた。

 ぼくは彼女の手を引いて警察署のお手洗い近くまで歩いていく。今回のように所属者以外が入ってくることも考えられているのか、わかりやすい案内板が立っていたので迷うことなく進むことができた。

「さくらだって、何を聞かれるかくらいわかっているよね?」

 ぼくは彼女の目も見ずに、淡々と告げた。

「……」

 彼女の口からん、という声と吐息の中間のような空気が吐き出されたあと、小さく息を吸うのが聞こえてきた。

 動揺しているんだろうか。

 動揺していようが関係ない。彼女がいったい何者なのか、早急に突き止める必要がある。だからぼくは絶対にこの場で彼女から情報を聞きだすんだ。

 そういう覚悟を決めた瞬間、さくらが急に足を止めた。ぼくに後ろ向きの力がかかり、思わずよろめく。

「どうしたの」

 と聞きながら後ろを振り返ると、彼女の少しだけ悲しそうで詰まらなさそうな笑顔が目に入った。

「つばきくん。その話は、明日にしよう?」

「……うん。そうだね。ぼくもそう思ったところだよ。じゃあ、明日の放課後でいいかな」

「うん。明日の放課後ね」

 こうしてぼくはさくらと明日の約束をした。

 決戦は明日。それだけを決めて、ぼくたちはみんながいる部屋に戻った。


 何かがおかしい。

家に帰り、晩御飯を食べ終わった頃に、ふとそんなことを思った。

 さくらをトイレに連れ出したとき、ぼくは何か、確固たる決意を持っていた気がする。

 それがなんだったかあやふやになってしまったので、ぼくは早めにベッドに潜り込み、眠ることにした。

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