第1話「終わりの始まり。僕はモヒカンとぶつかった」

 時は20XX年。世界は特に何事もなかった。


 だが、この僕、平良一成たいら かずなり、15歳は早くも人生の終焉を迎えるかもしれないのだ。

 東京からY県御米おこめ市に引っ越すこととなった。

 Y県御米市……。日本の北側、Y県にある街。ここは日本随一の治安の悪い街として有名だ。

 街には多くの不良やチンピラ達が居て、バイクや車を盗んだり、意味もなく建物の窓ガラスを割ったり、街中で喧嘩を始めたりと無法地帯と化している。

 更に、夜にはヤ○ザ達の抗争が起き、パトカーのサイレンや銃声が鳴り響いている。

 まさに暴力が支配する街なのだ。

 何故、僕はこんな街に引っ越すことになったのか。

 それは、父さんが大手ファミレスチェーンの社員をやっており、御米市に新店舗が出来たので、そこの店長を任されたのだ。

 御米市に引っ越すと聞いたとき、父さんは泡を吹いて気絶したそうだ。僕もそれを聞いたとき、泡を吹いて倒れた。そして、母さんは実家に帰った(離婚した)。


 今年の3月下旬。僕は中学卒業と同時に東京から去り、御米市に引っ越す。そして、4月から御米市にある牛丼高校に入学することとなった。

 中学の卒業式では、みんな、泣きながら僕を見送ってくれた。更に生前葬もしてくれた。



 卒業式翌日の朝。僕は父さんの運転する車に乗り、引っ越し業者のトラックと一緒に御米市に向けて出発した。

 移動中、車酔いをしたわけでもないのに何回か吐いた。身体が御米市に行くのを拒絶しているようだ。

 だが、そんな体の拒絶反応に関係なく、高速道路を使って東京から6時間ほどで御米市に到着した。

 僕は車の窓から、恐る恐る街の景色を見てみた。

 空は青く晴れており、街は山に囲まれ、田んぼや畑が多かった。国道沿いには飲食店やスーパー、家電量販店、レンタルビデオ屋や本屋など、いろんな店があった。

 聞いていたより、全然普通の街だ。

 街を歩く人も普通の老若男女ばかり。ヤ○ザや不良らしき人も見当たらない。

 しばらく、車が進むと、マンションやアパートのある住宅街に入った。

 そして、夕方には新居であるアパートに到着した。

 僕は車から降り、今日から住むことになるアパートの前に立った。年季を感じるアパートだが悪くない。

 今日から、ここが僕の家かぁ。

 街の景色を見ている内に不安がどこかへ消えたのか、僕は大きく深呼吸した。

 すると……。

「やんのか!てめぇ、ゴラァ!!」

 ドスの効いた声が、僕の鼓膜を叩いた。

 振り返ると、リーゼントヘアーで学ランを着た不良達と、パンチパーマで学ランを着た不良達が殴り合いの喧嘩を始めていた。

 さっきまで、どこにも居なかったのに……。

 街の人々は怯え、アパートやマンションの中へと逃げ込んでいく。

 不良達の喧嘩はだんだん激しさを増し、建物や車の窓ガラスを割ったりとメチャクチャだった。

「一成!!早くアパートの中に入るんだ!!」

 父さんが必死な声で叫ぶ。

 僕と父さんは、アパートの3階の部屋まで必死に走った。そして、アパートの中で震えながら、事態が落ち着くのを待った。 

 不良達の喧嘩は警察が来るまで続いた。奴らはパトカーが来た瞬間、走って逃げた。

 やっぱり、ここは無法地帯だ。



 翌日。アパートに荷物を運びこんだ。幸い荷物は頑丈なトラックの中にあったので無事だった。

 しかし、僕の心と父さんの車は粉々だった。

 その日から、僕はアパートに引きこもった。部屋中のカーテンを閉め、ひたすらゲームをしたり、動画配信サイトで映画やアニメを観たりして現実逃避をした。食料と日用品はネット通販で買い込んだ。

 夜になると、暴走族が乗る車か、バイクの爆音が鼓膜を破らんばかりに響いた。たまに銃声や悲鳴、物が壊れる音も聞こえたりしたが、僕は気のせいだと思うことにした。

 こんな無法地帯のファミレスの店長を任された父さんは大変そうだった。家に帰るたび、死んだように眠っていた。死んでるんじゃないかと思う日もあった。

 どうして、こんなことになってしまったんだ……と、僕は自分と父さんの不幸に嘆いた。



 そうこうしている内に、4月になり、入学式当日になった。

 小鳥の鳴き声と、銃声が響く朝。僕は学ランにそでを通し、眼鏡をかけた。

 ああ、今日から僕も地獄へと足を踏み出すのか……。

 戦地に向かう兵士のような気分で、僕は朝食も食べず、アパートから外へと足を踏み出した。


 外に出ると、朝の陽ざしが目に刺さった。

 僕は住宅街にある桜並木の下を歩いた。周囲には職場に向かう大人たちや、ランドセルを背負った小学生、カバンを持った中学生、高校生など、普通の人々が歩いている。

 この光景は、まさに平和そのものだった。

 今のところ不良やチンピラなど、ヤバそうな人はいない。彼らは夜に活動して、朝は大人しくしているのか?

 ちょっとだけ安心した。

 すると、急に腹が空いてきた。ここ最近、あまり食欲がなかったのに。

 さらに久しぶりに暗い室内から陽に当たったからか、眩暈がした。

 昨日はあまり眠れなかったんで、ちょっと頭がクラクラする。

 だからか、真っすぐ歩いていたつもりだったのに、足がふらつく。

 そして、ドン!と誰かの背中に、頭からぶつかってしまった。

「あ、すみません!」

 当たり前だが、僕は体調管理が悪かっただけで悪気はなかった。

 だが、本当に悪かったのは、僕の運だった。

 ぶつかった相手が振り向く。

「ああん?」

 学ランを着た赤いモヒカンの男と、僕は目が合った。

 全身から一気に血の気が引いた。

 なんで、いきなり、ごっついモヒカンが僕の目の前に居るんだ。


 そこからは流れるようにテンプレな展開だった。

 赤いモヒカンから首根っこを掴まれ、路地裏に連れて行かれると、そこには青、黄色、緑のモヒカンの男三人が居た。

 僕は赤いモヒカンから壁に叩き付けられ、青いモヒカン、黄色のモヒカン、緑のモヒカンと合計四人のモヒカンに囲まれた

「おい、お前、新入生か?新入生のくせに、この俺にぶつかるとはいい度胸だなぁ!!」

 赤いモヒカンが叫ぶ。僕はビクビクと震えた。

「ず、ずみまぜん!!わざどじゃないんですぅ!!」

 久しぶりに声を出したからか、声帯が上手く機能していない。

「ああん!?わざとじゃないなら、ぶつかってもいいのか!?」

 赤いモヒカンが唾を飛ばして叫ぶ。それを見て、他のモヒカン達が笑う。

「てめぇ、俺が誰だかわかってるのか!?」

 わかりません!

「俺は牛丼高校が誇る最凶の不良・モヒカンレッド様だ!!コラァ!!」

「ひぃいいー!!」

 思わず、変な声が出た。

 すると、青いモヒカンが前に出る。

「そして、俺はモヒカンブルー!!」

 今度は黄色のモヒカンが前に出て、

「おいどんはモヒカンイエロー!!!」

 更に緑のモヒカン。

「僕はモヒカングリーン!!」

 そして、赤いモヒカンこと、モヒカンレッドが真ん中に立ち、

「我ら、牛丼高校最凶不良チーム・モヒカンファイブ!!!」

 と言って、ポーズを決めた。メチャクチャダサい!

 モヒカンレッドが僕の胸倉を掴んだ。

「とりあえず、てめーを今からぶん殴る。俺達、モヒカンファイブを嘗めた罰としてな!!」

 普通に殴られるならまだしも、こんなダサい前フリ見せられてから殴られるのは正直言って嫌だ!

「ごめんなさい!許して下さい!」

「うるせぇ!!」

 レッドが拳を振り上げる。

 終わった……。

 どうせだったら、普通に殴られたかった。こんなダサいモヒカンから、ダサいポーズ見せられてからダサく殴られるなんて……。

 覚悟を決めて歯を食いしばると、

「おい、レッド。ちょっと待て……」

「ああん?」

 ブルーがレッドを止めた。

 レッドは振り上げた拳を降ろした。助かったー……。

「なんだ、ブルー!俺は今から、こいつをぶん殴るんだよ!」

「いや、だからちょっと待てって……」

 ブルーがなにか言いたげな表情をしている。

 いや、ブルーだけじゃない。イエローも、グリーンもなにか言いたげな顔をしている。

 ……。 

 実は言うと、僕も気になっていることがある。

 だが、レッドは猛っている。

「なにが言いてぇんだよ、てめー!」

「……」

 ブルーが神妙な面持ちで口を開く。

「ピンクがいないんだが……」

 ……。

 こんな状況だが、僕は彼らがモヒカンファイブと名乗ったのに四人しかいないことが気になっていた。たぶん、彼らは日曜朝に放送されている某特撮ヒーロー番組を模して、赤、青、黄色、緑と名乗っていると思われる。なのに、ピンクがいないのは変だと思った。

 レッドは僕から手を放した。そして、周囲を見渡し、

「……あ!本当だ!ピンクが居ねぇ!!」

 気づくのが遅っ。

 レッドはブルーに詰め寄った。

「おい、ピンクの奴はどうした!?俺達、待ち合わせはいつもこの時間、この場所って決めてたじゃねーかよ!」

 この人達、見た目に割にキッチリしてるなぁ……。

 グリーンが前に出て、

「おかしいですねー。ピンクさんはいつも時間はキチンと守るタイプなのに」

「そうだすなぁ。ピンク殿が居ないなんて」

 イエローがカレーパンを食べ始めた。

 レッドは苛立っている。

「おい!俺達は五人揃ってのモヒカンファイブだろ!?なのに、なんでピンクがいねーんだよ!!」

「だから、知らねーっての!」

 レッドとブルーが睨み合っている。

 ……あの、もう帰っていいですか?

 すると、突然。

「お、おーい……。み、みんな……」

 弱々しい男の声が路地裏に響いた。

 モヒカン達が一斉に声の方に顔を向けた。僕も声の方へ顔を向けた。

 そこには、ボロボロの学ランを着たピンクのモヒカン頭の男が立っていた。

 彼がモヒカンピンクか?

 だが、なにか様子がおかしい……。

 よく見ると、この人……。何故か顔面……いや、全身が傷だらけで血が出ている!制服はズダボロに裂けており、両腕、両足からダラーっと血が出ているではないか!

 僕は驚いた。モヒカン達も驚いている。

「ピンク!?おい、どうしたんだよ!?そんなにボロボロで!!」

 レッドが叫ぶ。

 すると、ピンクがいきなり倒れた。

 モヒカン達は慌てて、ピンクの元に駆け寄る。

「お、おい!どうした!?なにがあったんだ!!?」

 水槽から出された魚のようにピクピクと震えるピンク。口をパクパクさせ、

「ぎ、銀色……。ぎ、銀色の髪の男……に……」

 血塗れで震えるピンクの手を握るレッド。

「もういい!喋るな!!」

 レッドは学ランを脱ぎ、着ていた自分のシャツを破いて、ピンクの額を巻き付けて止血する。

「おい、イエロー!!救急車だ!!救急車を呼べ!!!」

「わかったどす!!」

 イエローが大急ぎで、学ランからスマホを取り出す。

「しっかりしろ!ピンク!もうすぐ救急車が来る!!」

 レッドはピンクの身体を支え、懸命に叫ぶ。

 ブルーはコンビニ袋を手に巻き、布を巻いてピンクの身体を止血する。

 グリーンは路地裏から出て、救急車が来るのを待っている。

 イエローはスマホで応急処置法を調べている。

 そして、あまりにも急な異常事態に、どうしていいのかわからない僕。頭も心も体も、今の状況を理解できていない。

 ……な、なんなんだ、この状況は?

 しばらくすると、サイレンの音が聞こえてきた。


 モヒカンピンクは救急車に運ばれた。命に別状はないそうだ。

 ドン!!と壁を殴るレッド。

「畜生!!誰が、ピンクをあんな目に遭わせやがったんだ!?」

 レッドの顔が怒りで真っ赤になっている。

 ブルーが口を開いた

「あいつ。銀色の髪の男……って言ってたよな?」

 モヒカン達の顔が強張る。

「……その銀色の髪の男にピンクがやられたって言うのか?」

 レッドの言葉で、ブルー、イエロー、グリーンの間に緊張感が走る。

 銀色の髪の男……。

 この時の僕はまだ知る由もなかった。

 この街で、なにかが起きようとしていることに……。

 だが、もうとっくに入学式が始まっているんだが、僕はどうすればいい?

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