序文 敗北の歴史《PREFACE -history of defeat-》



 アイトスフィア歴五九三年、人類は惨劇の歴史を「繰り返す」ことになった。

 アイトスフィアで暮らす人類は神を信奉している——大半がそうだ。それは人類が種の存続をかけて学んだ「教訓」があるからである。

 だが、もう一度言おう。歴史は「繰り返す」。

 自らの罪を忘れゆく者たちへの、最期の宣戦が行われた。



 テルキア大陸西部の小国、ジェラード共和国。奴らと人類の邂逅は、驚くほど唐突で現実味がないものだった。後に、「一夜戦」と呼ばれる戦い。奴らの恐怖を語るのに、多くの言葉は必要ない。「ジェラード共和国が一晩で地図から消えた」、それだけで十分だ。

 異形ヴァリア。そんなチープな呼称が、どこからともなく広まった。通常生物とは「異なるもの」。動物と見目違うだけの奴らはとにかく人類に攻撃的で、侵攻が始まった一年後には、テルキア大陸の北半分が死の荒野と化した。

 さりとて人類も、奴らの蹂躙を指をくわえて見ていたわけではない。

 アイトスフィア歴五九六年、西側諸国最大勢力であったユニティアが、知識も武器も乏しい現状に啓を与えるべく、デミ・ヒューマン計画の完成を発表した。動物のDNAを人間に組み込むことによって、野生の力を後天的に習得させるというものだ。盤上を動くだけの駒のように死を顧みない異形ヴァリアと、他人の利権を貪ることしか考えたことのなかった人類では、余りにも基礎スペックが違いすぎた故だ。

 魔法の文字通り世界的な発展により、科学技術は衰退の一歩を辿っていた。数奇な学者たちが余生を噛み締めて続けていただけで、本来ならば夢物語で終わるようなお話だった。

 だが人類は、土壇場でやり遂げたのだ。

 戦闘で流れる血の半分を犠牲にして、「亜人デミ・ヒューマン」を作り出すことに成功した。研究が進むにつれ、さまざまな動物を掛け合わせた森人エルフ地人ドワーフなど、空想上の存在まで擬似的に生み出す。

 これら技術は西側諸国の軍隊に広がり、ユニティアを中心としたテルキア・アルゴス抵抗戦線を構築した。

 それから一〇年余り、ジリジリとした消耗戦を展開していたが、「巨大種」の出現により趨勢は一気に異形ヴァリアへと傾く。

 ユニティアの象徴であったリバティー・タワーが、「数千」の巨大種によって突き折られたのだ。

 ユニティアの敗北と同時、テルキア大陸及びアルゴス大陸から、人類は敗走した。

 西側諸国に一番近いチャフトは、難民の入国自体は受け入れたものの、受け入れには難色を示した。あげく国民と難民による争いが勃発しかねない状況にまで陥った時、大国レムナンティアが手を差し伸べる。ユニティアはレムナンティア国土の一部を譲り受け、代わりに「労働力」を提供した。

 無垢の奉仕か——勇敢なる死か。

 レムナンティアの版図が急拡大したのは言うまでもない。

 アイトスフィア歴六〇八年、絶望はついにアイトスフィア大陸に手を伸ばす。

 後に「カシムの悲劇」と呼ばれる、海賊国カシムへの侵攻。情報が多く渡っていたのにもかかわらず、「水棲種」の「陸棲化」により、水際での攻防に敗北。大陸への侵入を許す。

 アイトスフィア歴六〇九年、絶望は続く。

 後に「サーラの死闘」と呼ばれる内陸ダーヤ皇国への侵攻。首都サーラへの進軍と同時、皇国の守護隊が命を賭した防衛戦を展開。隣接するアドベントからも援軍が送られたが、圧倒的な物量によりサーラは陥落した。

 そして、ユニティアの技術を余すところなく吸収した科学技術立国チャフトは、失われていた航空技術を復活させつつあり、支援を名目に「航空戦力」の試験的運用を開始。同時期、アイトスフィアに古来より住まうオランモンの獣が激怒。図らずも、自然の脅威との共闘により侵攻を食い止めることはできたが、焼け野原となったサーラに国民が戻ることはなく、跡地には防衛ラインが構築されることとなった。

 異形ヴァリアは侵攻先をアイトスフィア大陸南部へと変更。力ある国家はなかったため、あっさりと蹂躙されゆく。

 奴らの進撃は大陸南東部にまで及んだ。が、麗国は無人のからくり人形による物量作戦によって押さえ込みに成功。ヴィクトリア公国は領地一つ失ったものの、アドベントの加勢により首都ヴィクトリアへの侵攻は未然に防がれた。

 人類は悟る。

 決して奴らは、敵わない存在ではないのだと。

 これ以降、戦力がものを言う時代となり、その戦力の多くは最重要防衛ラインであるアドベントへと集結する。彼らは追って「守護者アテネポリス」、そして——「冒険者アドベンチャー」と呼ばれるようになった。

 しかし、どんな脅威に見舞われたとしても、一枚岩といかないのが人間の愚かな性だ。

 アイトスフィア歴六一六年、「人類統合軍」なる武装組織が台頭する。彼らはアドベントを敵としており、アドベントへ仕える要人の襲撃、その他アドベントの独裁的な発展を阻止せんと、「傭兵」たちを送り込み始めた。

 その目的、首謀者は不明。規模に反して主要拠点すら幻影のままの、対人・に特化した特殊兵装を操る、謎に包まれた組織。

 以降、人類はより混沌とした時代を歩むことになった。



 そして現在。

 アイトスフィア歴六三五年。

 ”死神”と”英雄"が交わることで、停滞していた世界は動き出す——。


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