第36話 失踪事件
「やっぱりお前、調子悪いだろ。治療院行った方がいいんじゃねえか?」
「ばか言うな。他意はない。あーもう、説明するとだな……」
今日は本来、アイネとライネを連れて食べに行く予定だった。でも、あの子たちに急な『予定』ができたんだ。
じゃないと、誰がアンタなんて誘うかっての、と。
ニアは偉そうに説明した。
「誰かと食べるつもりだったのに、一人なのは落ち着かないからな。だからだよ。それにおれは、一日三食ちゃんと食べるって決めてる」
「そりゃ真面目なことで」
「で、行くのか、行かないのか?」
顔をずいっと突き出すようにして問いかけてくるニア。
彼のいつもの言動を見る限り、なんか裏がありそうで正直怖いのだけど、有無を言わせぬ迫力と同時に、妙に陰りのある表情が気にかかって。
「じゃあ、せっかくだから……ご馳走になろうか」
「そ、ならさっさと行くぞ」
レインもどうせ仕事だし、昼飯は適当なものを露店で買うつもりだったから、まあいいだろう、と。
目的地も言わずに歩き出すニアを追いながら、オレはどこか懐かしい感じがするのを不思議に思っていた。
向かった先は第四都区の比較的繁華な地域。やはり行き先は決めていたみたいで、ここでいいだろ、と家族向けのカジュアルな料理店に入った。
いらっしゃいませー、と業務用の声が響き渡る(一部店員がギョッとしてニアを見ていたが、ご愛嬌だ)。
昼時であるからして混雑しており、目まぐるしく従業員が動き回っている。すぐに案内してもらえそうにない雰囲気であったが、首尾良く一組の家族連れが席を立ったため、ものの数十秒で席に落ち着くことができた。
どうせ奢ってもらうならと比較的高めのハンバーグステーキセットを注文したが、さすがは絶級冒険者(ランク5)、眉ひとつ動かすことはなかった。
……んなケチくさいこと言うなら、いちいち誘ったりはしてこないだろうけど。
それでも、いちゃもんをつけてこられても大して不思議ではないだろうというのが、オレが抱いているニアへの印象だ。
こいつは逆に数分間も何にするかを迷っていたが、結局は同じセットを頼むことに落ち着いた。
「……そういや、アンタ。なんであんなとこうろついてたんだ?」
香ばしい匂いが運ばれてくる前に、頬杖をつきながらニアは尋ねた。
「図書館で借りた本の返却日が今日だった。アッシュは午前中で帰りやがったし、空いた時間にってわけだ」
「その帰り道ってわけか……。たまたまだったんだな」
「ったり前だろ」
「いやなに、てっきり忠犬は主人を探していたのかと」
「そもそも連絡先知らねえから、ああなったんだろうが」
……と、まあ、当たり障りない会話で、それなりに盛り上がった。
店内はやはり家族連れや同年代くらいの少年少女が多く、雑踏の声でオレたちの会話も掻き消えていたが、それはつまり溶け込めているということである。
会話が微妙に途切れたちょうどいいタイミングで、鉄板に乗せられたハンバーグステーキセットが到着した。肉汁の香りに鼻腔を刺激されたヒロたちは、すぐに食らい付き、しばらくは舌鼓を打つ……。
「……にしても図書館かぁ。おれも一時期は世話になったな……」
そう、ポツリと呟くニア。
「意外だな。お前、本なんて読むのかよ」
「あん?」ねめつけるような視線を向けたニアは、「どういう意味かな」
「まんまだよ。読書を楽しむタイプには見えねえ」
「お生憎様」チロっとニアは舌を出して、「読書は習慣づいてる」
「だから、意外だって話だろ。どんな本読んでんだ?」
問いに、ちょっとニアは考え込んで……、「…………ジャンルでいえば……童話、あたりだな。最近読んだので言えば、『仮面の騎士』という作品だ。知ってるか?」
その題名には、ピンとくるものがあった。
「あー、いや。知ってるも何も、さっきオレが返しに行った本の内の一冊だからな」
「ほう? 珍しいこともあるもんだな」
「借りたのはレインの方だけど、オレも読んだぜ。ありきたりっちゃ、ありきたりだけど、熱くなれる物語だよな」
『仮面の騎士』。
題名から察せられる通り、仮面を被った騎士(ナイト)が主人公だ。悪い奴に連れ去られてしまった姫(プリンセス)を、颯爽と駆けつけて救うお話。
——陳腐で、使い古された、物語。
「こういう話にハマる気持ちは、正直オレ、わかるぜ」
王道の物語は、面白いから王道なのだ。
「ハマるってのは、ちょっと違うな。どっちかといえば勉強のためだ」
「勉強? 読書が?」
それこそ、内容なんて、あってないようなお話なのに。
「ああ。勉強だ。おれは読み書きが不得意だからな。最初から大人が読むようなもんを読んでも頭に入ってこない。これくらいの児童書の方がちょうどいいんだよ」
——オレが、甘かった。
あっさりと語られた事実は、自分の浅慮さと視野の狭さを否応でも突きつけられる。……そもそもヒロ自身、気が付いたら文字が書ける状態だったという感じなので、何も言えるわけがないのに。
「読み書き、か。まあ、地域によっては学習施設がなかったりするかもだしな」
不自由なく生きていく分に必要最低限なスキルを身につけていることに、「顔しか知らない」両親に感謝しなければなるまい。
「…………喋りすぎた。忘れろ」
一方で、明らかに余計なことを喋ったと苦々しそうに頭をかきながら、顔を逸らすニア。
「無理言うな。でも……児童書や童話だっていろいろあるのに、こういう英雄譚が好みなのは男なんだよな。やっぱり、憧れが大きいのかもな」
「そりゃあ、男ならこっちだろ。絶対にこっちの方がかっこいいし、・男らしい・」
一転、笑ったように同調するニアは、男らしい、を強調する。
……こうやって腰を落ち着けて会話をしてみると、今までと異なる人物像も見えてくるものだ。
最初は急に斬りかかってくるやばい奴……いや本当に危ない人物だという印象しかなかった。が、幼い
腹を満たしたオレたちは、特に居座る理由もないので速やかに店から出る(料金は占めて五〇〇〇〇ヴェンなり。肉のせいか、クソ高かった)。
どちらかが話題をするわけでもないので沈黙が続いていたが、ふと、ニアが重い口を開いた。
「なあ、明日の依頼(クエスト)なんだが、実はもう既に決めてあるんだ」
「へえ。もう取ってきたってわけか」
「いや、正確には……時にアンタ、最近この街で子供の行方不明が多発してるのを知ってるか?」
「ん? あー、そういやギルドの職員が話題にしたのを聞いたな。たしかまだ誰も見つかってないとか……って、それがどうした?」
「その人探しが、明日の依頼(クエスト)だ」
平坦に、ニアは言う。
「はあ。そりゃ親からすれば溜まったもんじゃねえだろうし、そういう依頼(クエスト)も来るだろうな」ヒロはなるほどなと適当に頷いていたが、「…………つーかお前、そういうタマじゃねえだろ。まさかアイネ……だったか? あの子たちが行方不明になったってんじゃないだろうな」
予定がどうのという話は聞いているものの、時系列が、繋がる。
が、
「それは違う」
即答。声にも、表情にも、変化はない。
そこだけが妙に気にかかるが……まあ、かような嘘をつく意味もない。
「……ただ、アイネたちくらいの年齢の子が連れ去られてるのも事実だ。そんなクソ野郎共をぶっ潰すのは当然だけど、まずは子供たちの保護が優先……そうだろ?」
「違いねえ」
「はっきり言って、報奨金がそう多くあるわけじゃないから、『仕事』としての効率は悪い。せいぜい配分は……初級冒険者(ランク1)あたりの額だ」
一気に言葉を捲し立てるニアは、……だから、と。
「その、それでも……アンタらは、受けてくれるのか」
徐々に声のボリュームが下がっていく彼に…………ヒロは。
「……っ」
思わず吹き出してしまう。
「な、アンタ! 何がおかしい! ああ⁉︎ 子供を探すことのどこがおかしい⁉︎」
「いや、違うっての。今お前、どういう顔してんのかわかってんのかよ」
「顔……?」
「まあわかんねえだろうけどさ。塩らしい顔してたぞ、お前。そもそも、奴隷だとか散々言ってる奴に命令じゃなくてお願いとか、そりゃ笑うだろ」
目を逸らしたり、言い詰まったり、普段の傲慢さがかけらもない。
「な……だって、しかし……」
「とにかく捜索の依頼(クエスト)はやるよ。報酬はあれだが、場合が場合だしな。アッシュも別に文句言わねえだろうし」
これが赤の他人であったのであれば、正直迷ったかもしれない。行方不明になった子供の親の心境は推して知るべしだろうが、それでも他人事の域を出ない。同情はするが、するだけだ。
でも、そんな打算的な感情を抜きに、他人のために働きたいと言った奴がいた。
そしてそれは、この街で最も力を持つ七人の一人で、さらに言えば自分の仲間だ。
手を貸すのに、これ以上の理由がいるのだろうか。
「……言ったぞ。二言はないな」
自分の中ですぐに折り合いをつけたらしく、もうニアが動じることはなかった。
「当たり前だ。……ちなみに何人集まりそうなんだ?」
「おれが聞いた限りでは、当事者の親を含め五〇人余りらしい。……ついでに言えば、いなくなった子供は二一人だ」
関係者が加わるのは当然として、同志が少なくとも数人はいる規模だ。
「そこそこ心強い数だな」
「行方不明者の捜索は、時間との勝負だ。一般的に言われている制限時間(リミット)は三日。だが……中には一週間近く経っている子もいる」
ギルドで聞いた話をオレも思い出すが……特に身代金目的のような事件でもないらしい。
「とにかく、見つけてやらねえとな」
「そういうことだ」
たとえどれだけ残酷な結末が予想できたとしても、諦める理由にはなり得ない。
「さーて」ニアは切り替えるように首を捻りながら、「これからどうする。まだ陽は高いし依頼(クエスト)でも受けるか? 簡単なものならあるかもしれないぞ」
「あー、今日はもういい。オレも考えてたけど、久々に自己鍛錬で自分を追い込むことにする」
「追い込む……何をするんだ?」
「素振りだ。正確には、敵がいるつもりで斬る練習って感じだが」
「へえ……」ニアは興味深そうに、「何かを斬った方が成長は早いと思うけど」
「実戦は時として基礎を忘れちまう。いろいろあんだよ、秘剣の練習もしたいしな」
「秘剣……? ……まぁいい。今日はおれも時間が空いている。自己鍛錬とやらに付き合ってやろう」
不敵に笑って宣言するニア。
「……疲れたんじゃなかったのかよ」
「腹一杯食べたら疲れが取れた。アンタとは鍛え方が違うんだよ、鍛え方が」
「はあ……別に構わねえけど、ただ剣を振ってるだけだぞ?」
「何言ってる。せっかくおれがいるんだ。戦えばいいだろ。その秘剣とやらをおれが受けてやる。これも『主人』の務めだ」
「だから、実戦と目的が違うって…………あー、もういいや。めんどくせえ」
こういった言葉が出てくるからにはいつもの調子に戻ったのだろうが、それはそれでムカつくというのがオレの本音だった。
こいつ極端なんだよなぁ、情緒が。
「でもよ、実力が揃ってねえんだから、勝負になるのか怪しいぞ」
「大丈夫だ。アンタはおれの剣を受け止めることができた。この事実だけで、おれにとっては十分だ。最低限の『勝負』にはなる」さて、そうと決まれば、とニアは身を翻しながら言って、「模擬戦をするのに適した『店』を知ってる。馴染みの武器屋だが、試用部屋があるんだ。いくらでも暴れられるぞ」
そうと決まってねえ、とは思いつつも。
すでに走り出しているニアを、ため息をつきながら追いかけた……。
結果から言ってしまえば……ボコボコにされた。
前は反応できただろうと聞かれて、強化魔法によるものだったと説明するも。
つまらないな、鍛え直してやる。
そう言って目が
——果てなき鍛錬を終えて夜遅くに帰った後、レインには割と本気で怒られたのだが、それはまた別のお話。
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