第5話 もう誰も死なせないために《Never again, Can't die》



 自軍の崩壊を目の当たりにした一〇人余りの帝国兵は、即座に撤退していった。倒れた帝国兵の中には魔法使と思しき人物も含まれていて、何か魔法的工作を目論んでいたのだろうと推測できる。

 普段ならその要素を確定させる必要があり、追い討ちをかけるところだろうが、指揮官の乱心で今はそれどころではない……。


「カルロ、しっかりしろ! 返事をするんだ、カルロ……!」


 ヤムハが声を荒げながら、浅い呼吸を繰り返すカルロさんに呼びかける。彼はなんとか顔を上げ、ヤムハの方を見る。

 どうすりゃいい……? どうにか助かるか?


「すい……ません、………しくじり、まし、た……」


「その罰はいくらでも後で受けさせてやる! だから死ぬな!」


「は、は……勘弁、願いたいですね……」


 うっすらと口元に笑みを浮かべながら、カルロさんは絞り出すように言う。


「早く運ぶぞ! 絶対にまだ助かる!」


 彼の顔は血の気が失せ、傷口からは大量の血が流れ落ちていた。

 ダメだ……。

 誰がどう見ても、致命傷なのは明らかだった。


「いま、ま、で、ありが………ざい、……た」


 そして……力が抜けたように、彼は動かなくなる。


「……ッ! …………おい、何をしている。——急げ!」


 周りで立ち尽くす兵士たちにヤムハは怒鳴り散らし、その声に慌てて彼らが応じる。カルロさんを数人で抱きかかえるようにして、馬車がある方向へと運んでいった。

 あの生気の抜けた表情を見る限り、もう生きているようには思えない。絶対、ヤムハもそれぐらいは理解しているはず。……それはそうだ。オレより多くの死体を見てきただろうから。ただ、認められないだけで。

 そんなヤムハを虚ろな視線で取り囲むのは、屍となった兵士たち。もはや敵も味方もない。その視線を受けた彼は、あろうことか口元を緩ませた。


「は、はは……。私は、また失うのか……。判断を……誤った。私も戦っていれば……こんなことには……」


 ふと、自らの右手を見やるヤムハの瞳に、怒りが宿った。 


「くそっ……‼︎」


 地面に拳を叩きつけ悪態を吐く。相当の激痛が走るはずだが、麻痺しているのか痛がる素振りなど微塵も見せない。ああ……。きっと、痛いのは、心だ。

 ……と、ヤムハはオレの方をキッと睨む。


「キサラギ……なぜ、救えなかった」普段よりもさらに低い声で、「できた、はずだ。お前にはその力があるんだ。お前がもっと早く、カルロを援護していれば……。——臆病者め」


 そう吐き捨てると、カルロさんを追いかけるように去っていった。


「ッ……オレは……」


 ヤムハの怒りの矛先は敵の兵士ではなく、なぜかオレに向いていた。……おそらく、その感情をどこに向けていいのかわからなかったのだろう。

 でも、本来なら筋違いとも言えるほどの言葉を、完全に否定できなかった。

 ヤムハの言う通り、オレがもっと早くカルロさんと一緒に戦っていれば……?

 もちろん、そんな問題ではないのはわかっている。オレだって直前まで別の敵と戦っていたのだ。


「……ヒロ。今は余計なことを考えるのはやめとけ。さっさと戻るぞ」


 幸いアッシュの方は、大きな負傷もなく戦いを終えることができたようだ。そして、それ以上は何も言わずにヤムハたちに続いていった……。 


 ……今や肉塊と化した、元は人であったものがたくさん転がっている。

 大した戦闘経験などないが、それでも死体は見飽きるほどに見てきた。その屍の中に、カルロが加わろうとしているだけのことだ。


 たったそれだけのことなのに——。

 カッと、目元が熱くなる。今まで押し殺していた感情が溢れ出てくる。


「…………なんで。カルロさんが死ななくちゃいけないんだ……! 良い人だったんだよ! 憧れだった! それを、なんで奪うんだよ……‼︎」


 ——なんで、オレたちは戦ってんだ……?

どうして、こんなことをやってるんだ?


 オレの周りにはもう誰もいなかった。皆、この場所から離れていったらしい。ふと顔を上げる。声が聞こえたのだ。その方を見やる。


 え?



 前方、ヒロが最後に斬り倒した兵士が——かすかに動いていた。



 まだ、生きてるのか……?

 だが、カルロさんと同じく彼も致命傷だ。おそらくもう……助からない。


 息も絶え絶えの状態で仰向けに倒れたまま、右手を胸元に持っていき、そこにあるものを掴む男。何かを中に入れるためのロケットだった。


「————」


 戦闘で一度も声らしい声を出さなかった男の第一声は——誰かの名前だった。


「俺は、もう……ここまで、みたいだ。すま、ない……」


 ロケットを見つめながら、彼は途切れ途切れに声を出す。



「死にたく、ない…………」



 それが、彼の、最期の言葉だった。


 ぱたっ、と。 


 彼の腕は力が抜けたように地に着く。命が、抜け落ちたのだ。……動かない。寡黙な帝国の戦士は、静かに生き絶えた。


 ——カルロさんと、同じように。


 オレは取り憑かれたみたいに、その兵士の元へと向かった。ああ、いっそ誰かに代わってほしい。


 最期の時に、彼は誰に語りかけていたのか。それを確かめるために、胸元のロケットを覗く。一枚の小さな写真が入っていた。


 写真かよ、ダメなやつだろ。

 淡く彩られた写真には、柔らかな笑みを浮かべる女性と帝国兵が、並んで写っている。 



 二人は——幸せそうで。



 その時、気づいた。

 オレは……こいつの未来を奪ったんだ……。


 こいつ、だけじゃない。あと二人。三人の未来。

 彼らに関わる人たちの未来をも、


 たしかに味方を殺された。カルロさんも、やられた。けど、オレも同じことをした。

 そのことは変わらなくて。

 


「……悪かったな。オレのせいで、二度と会えなくなって」



 カルロさんが斬られた時、あれほど怒りを覚えた敵兵に——オレは謝った。



 ……結局、痺れを切らしたアッシュが連れ帰りに戻ってくるまで、オレがその場を動くことはなかった。いつ王都に帰ってきたのかすら記憶は曖昧なままに。


 生還した王国兵たちも、負傷者多数でほとんどが病院送りとなった。

 オレも肉体はともかくとして、精神の方は無事とはいかない。帰還して以降も、あの帝国兵の悲痛な最期が頭から離れない日々が続く。

 今回のジュラート荒野で戦死した王国兵の数は、援護に来たグレイス隊の人員と合わせて、二六名。

 ——全体の約半数に上る。


 程なくして——。

 その中にはグレイス隊の副隊長、カルロ・ホーキンスの名が加わることとなった。



アイトスフィア歴六三三年一二月二四日



 ジュラート荒野での戦いより二週間が過ぎた。

 被害を受けた部隊の再編に関しては、隊長を失った元ダグラス隊との合併ということで落ち着くそうだ。他の各隊に分散するよりは、という配慮によるものらしい。

 士官であるヤムハはその後の対応に追われ、グレイス隊には待機命令が下されており、大半の隊士が入院中で訓練もできないため休暇も同然だった。

 業務も訓練もないので、することは自己鍛錬か同僚の死を悼むことくらいしかない。

 そんな折、オレはいつもの広場を訪れていた……。


「ヒロ、今日のお前はおかしいぞ。久しぶりに現れたのはいいが、腐った魚みたいな目をして、黙って剣を振り回してばかりだ」


 無言で剣を振っているオレに、レインが痺れを切らしたように立ち上がって言う。


「……別に、いつも通りだ」


 うるさい。そんな思いが先行して、すげない返事を返すことしかできない。

 ひどい精神状態の気分転換を兼ねて、この場所に来たはいいものの、そこで時を過ごす少女にどう話を切り出していいかわからず、こうして気まずい時間が続いていたというわけだ。


 クソ……情けねえ。レインは心配してくれてるだけなのに……。


「何回も話出そうとして、直前でやめていた。——見ていればわかる」


 でも、そんなオレの考えを見抜いたような言葉に、動きを止める。

 ずっと、見られてたのか……。

 その姿は、どういう風に彼女の目に移っていたのだろうか。


「……レインには、敵わねえな」


「何をウジウジと悩んでるのか知らないが、このままでは鬱陶しい。だから……まあ、特別に聞いてやらなくもない」


 素直じゃない奴だよな。……オレも、お前も。

 …………だけど結局オレは、レインの厚意に甘えることにした。本当に不甲斐ない有様だ。持っていた剣を鞘に戻してレインに向き合うが、彼女を直視できない。


「すごく無神経な質問なんだが——」わずかながら視線を逸らし、そう前置きして尋ねる。「——レインは初めて人を殺した時、どう思ったんだ?」


 答えはない。

 それでも続けて、言葉をつなぐ。


「それを、今も覚えてたりするのか……?」


 戦いを知っている人間に、聞いてはいけない類のものだ。彼女を傷つけることはわかってる。逆の立場なら確実に嫌な思いをするだろう。でも、どうしても知りたかった。


「…………知りたいのか?」


 レインの声は冷たい。当たり前だ。いきなりのとち狂った質問なんだから。

 伝わる……わけがないのだ。

 築いた屍の数もわからないくらい、戦場を渡ってきた戦士には。

 アッシュは言っていた。レインは壊れているかもしれない、と。


 ——そうだ、壊れているか壊れていないかの違いだったんだ。

 みんなどこかで、壊れていたんだ。


「……悪い、変なこと聞いて。忘れてくれ」


「別に、気にしていない。……聞きたいなら教えてやる」


「いいのか……?」


 あっさりとした答えに、尋ねたオレの方が驚く。


「たしかに趣味がいいとは思わないが……何か、思うところがあるのだろう?」


 無言で頷く。言葉を聞き逃すまいと、今度こそしっかり彼女を見据える。

 一呼吸置いて、レインはゆっくりと言葉を紡ぎ出した。


「……自分は、今まで数え切れないほどの人を殺めた。顔なんて、ほとんど覚えていない。——だが、


 最後の言葉は、とても強い意志がこもった声だった。


「忘れたくは、ならないのか?」


 彼女は自分の罪の意識に、耐えきれるのだろうか。


「忘れては……ダメなんだ。偽善かもしれない。ただの自己満足かもしれない。それでも、自分が殺したのだという罪を、自分は絶対に忘れない」


 その言葉を聞いた刹那、唐突に理解できた。

 オレが彼女に共感を覚えた理由は、きっと性根の部分にあったのだ。

 人の命に対する考え方に。心の奥の暖かい部分に。


「……オレが殺した兵士が、言ってたんだ。『死にたくない』って。恋人……だったんだろうな。あるいは夫婦か。女の写真を見て、そう言ったんだ」


 ぽろぽろと、思っていることがとめどなく溢れ出てくる。


「人は、死ぬ。それが戦い——戦争だ。ヒロは優しすぎる」


「オレが、優しい?」


 いつも彼女は言う。ヒロは優しい、と。

 だけど、それは……、


「これはあくまでも自分の憶測で、間違っているかもしれないが……戦場を逃げ惑うことしかできなかったおまえが、それでも戦おうとしたのは、誰かを助けるためではなかったのか?」


「誰かを、助ける……」


「戦争だろうとなんだろうと、人を殺したことに変わらない。お前の罪は決してなくならないし、全てを救うことなんて、できはしないんだ」


 ……彼女が言うなら、そうなんだろう。オレは自分の罪を、誰かに糾弾してほしかったのかもしれない。みっともなくて、とんでもない自己中だ。そしてそれを、ちゃんとレインは否定してくれた。

 でも、それだけで終わらなくて——、


「だが、おまえのその感傷は決して間違ってない。——その気持ちを絶対に忘れるな」


 熱いものが頬を伝うのを感じた。自分の目尻に涙が滲んでいたことに、初めて気づく。

 オレの選択で……他にも奪われるはずだった命を、救えたのか……? 

 そう思う、考えることで、ほんの少しだけ心の重荷が降りたような気がした。


 ……しかし、ふと脳裏に蘇るカルロさんの末期。

 オレにはもう一つ、罪がある。


「でも……オレはカルロさんを助けることができなかった……」


 もっと早く場を制圧していたならば、カルロさんは助かったかもしれないと、後悔した。もちろん結果論に過ぎないが、違う結末が待ってたかもしれない。


「そのカルロとやらが誰でどんな奴なのか、自分は知らない。だが、わかることもある。……今から言うことをよく聞け」


 レインはまたしても、罪を否定しなかった。……しては、くれなかった。

 その青い双眸がオレを、射抜く。


「——逃げるな」 


 その言葉は、今まで聞いた彼女のどんな言葉よりも、重かった。


「自分の罪から逃げるな。その男が死んだのはおまえが弱かったからだ。諦めるな。助けたいのなら強くなれ。力のない者には何も変えられない」


 ひどく落ち着いた口調で放たれるその言葉は、とても……とても、響いた。

 そして優しげに、まるで子供に語りかけるかのように、最後の言葉を紡ぐ。


「——その男の死を無駄にしないことが、いま、おまえがすべきことだ」


「……ッ」


 それは、ただの言葉だ。

 だけど、オレには、その言葉が何よりも深く心に沁みた。

 その言葉を口にするのに、一体どれほどの凄絶な経験をしてきたのだろうか。たった数秒ほどだったはずなのに、まるで数時間もの時を過ごしたようにも感じられた。


「オレも、お前みたいに強くなれると思うか」


「なれるかじゃなくて、なるか、ならないか、だ」


「……そうだな。未来は、自分で決めるもんだよな」


 命ある限り生きあがくこと。それが、生き残った者の務めだ。

 心に立ち込めていた霧が晴れていくのを感じた。


「その……悪い。いろいろ、八つ当たりみたいなことして……」


「…………まったく、ヒロはいつもそうだな」ヒロの謝罪に息を吐き出しながら、レインは声を低くして、「いい加減、そのすぐに謝る低姿勢をやめろ。みっともないぞ。たしかにおまえに足りないところが多すぎるとはいえ、こう毎度毎度、謝られると逆に頭に来る。軍ではそれが正しいのかもしれないが、自分はあまり好きではない」


「謝るなってことかよ……」


 オレだって、自分が足りないのは自覚している。低姿勢だったのは否めないが、レインはそれが気にくわないらしい。


「なに……深く考える必要はない。謝られるより、一言だけ『ありがとう』と言われた方が、気分が良いということだ」


 その言葉で、ふと気付くことがあった。

 ……そうか。

 父さんだって、人に何かをしてもらったとき、よっぽどのことがなければ頭を下げるのではなくて、笑顔で礼を言っていたのだ。

 ありがとな——と。


「…………」


「なにを黙っている。自分は何か、おかしなこと言ったか?」


 ……まさか、人への接し方についでまでレインに教わることになるとはな……。

 傍若無人なお前に言われてもという感じではあるが、これに関しては彼女が正しい。


「いや……レインには教えられることが多いって思っただけだ。——ありがとな」


 レインは、それでいいという顔をした。


「迷いは吹っ切れたようだな」


「ああ……。もう力不足で、大切な人を失いたくない」


「だから、どうするんだ?」


「そのためなら、オレだって壊れてやる。オレも、強く在りたいんだ。……お前が持ってたあの剣は、飾りじゃないんだろ?」


 長剣をレインが戦場で持ち歩いていたのは、はっきりと覚えている。オレも一介の剣士だ。彼女が相当な剣才を持ち合わせていることは、わかる。


「レイン。——オレに戦い方を教えてくれ!」


 まだ足りないことだらけだけど。少しでもレインのその強さを手に入れたい、と。後悔で打ちひしがれるだけではいたくない、と。

 そう思った。


「……良い目になったな。そこまで言うなら教えてやろう。——本当の戦いというものを」


 オレの決意を聞いたレインは——不敵に笑った。


 そして……、


「そうだな。少し待っていろ」


 レインはそう断ると、廃墟の古びた扉の方へ向かった。


「そんな廃墟に何かあるのか?」


 その意図を図りかねたオレの言葉に、レインは振り返って、珍しくムッとした表情を浮かべ答えを返す。


「……廃墟だなんて、失礼なこと言うな。ここは自分の家だ」


「は……?」何でもないことのように明かされた事実に、オレはどうしても疑問が溢れ出てしまう。「こんなボロボロの建物が、家……?」


「……見た目で判断するなんて、愚か者のすることだ。こう見えても、結構居心地はいいぞ」


 いついかなる時間帯に広場を尋ねてもレインがいた理由は、ここが彼女にとって家の庭だったからというわけか。雨風をしのげる程度には建物は原型をとどめているが、まさか……。


「これは……オレの考えが足りなかった」


「まあ、そう思うのも無理はないくらいボロボロなのは事実だ。あんまり気にしなくていい、忘れてやる」


 それ以上は言及せず、鼻を鳴らしてレインは屋内に消えていく。


 待つこと少し……。彼女は一振りの長剣を手に、廃墟もとい家から出てきた。戦うことを考えてか、後頭部で巻かれていた髪を一本結びにしている。


「具体的には、何から始めるんだ?」


「決まっている。——戦うんだ。実戦が一番成長できる」


「そりゃそうだな」


 覚悟を決めて頷く。

 遅かれ早かれ、レインとは戦うつもりだった。


「あいにく、刃を潰したような訓練用の剣はないが……大丈夫か? なんなら取りに行ってもいいぞ?」


「いや、問題ねえ。文字通り、真剣勝負だ」


 お互いの技量的に寸止めにすることぐらいは可能だが、命の危険が伴うのは事実だ。

 でも……構わない。

 「実戦」から遠ざかって、成長できるわけがない。


「男だな」

 

 レインは抜き身の剣を無造作に構える。何の変哲も無い、ただの片刃の刀剣だ。オレも習って剣を抜く——と、同時に。


 空気が変わった。


 レインから放たれた凄まじい剣気に、ゾッとしたものを感じる。自分の得物を思わず強く握りしめる。

 オレは動けなかった。まるで隙がない。いや、隙のあるなしではない……。

 近づくな、と。

 本能的な恐怖が芽生えてきた。勝てる想像イメージが思い浮かばない。


「いつでも来い。——先手は譲ろう」


 舐め切られている。そう理解した瞬間、カッと頭が熱くなった。レインに、自分は弱い存在だと思われているのだ。

 まあ、別に間違っちゃいないさ。でも、それはすごく、嫌だろ——。

 全力だ。全力をぶつけてやると、踏み込む「構え」を取った。


 ——オレには、父から受け継いだ一〇の「秘剣」がある。

 一つ一つが凄まじい威力や性能を誇るが、その分、習得は困難。型自体は全て把握しているものの、現時点で実戦でも使えるであろうものは、半分にも満たない三つの剣技のみ(しかも発展途上ときた)。

 そしてそのうちの一つ、全力で斬るという言葉にふさわしい技。

 「第一ノ剣だいいちのけん 爆炎ばくえん」。

 烈火の如き突進を繰り出し、全身全霊の一撃をもって——敵を凪ぎ斬る‼︎


「おぉおおお……ッ!」


 タメを作り、本気で踏み切る——が、一歩目が地についた次の瞬間。

 再び、ぞくっとする剣気。さらに一瞬遅れて、かすかな風音が聞こえるとともに……尋常じゃない痛みが鳩尾に走った。


「がぁ……ッ‼︎」


 後方に吹き飛び、受け身も取れずに地面を転がる。柄で殴られたであろうことを、かろうじて理解する。

 は、速え……ッ。

 ……とてつもない速さだった。目で、追いきれなかった。


「立て」


 鋭い声が耳に響く。

 激しく痛む腹を押さえつつ、歯を食いしばりながら立ち上がった。レインと再び対時する。……そして、斬りかかる!

 ——ッ。クソ……捉え、きれない……!

 迫る剣撃を、レインは剣で受けようとはせず、そのことごとくを鮮やかにかわす。オレが繰り出す攻撃はもはやデタラメで、「技」も何もあったものじゃなかった。


「クッ、ソぉ!」


「——終わりだ」


 荒々しい銀閃の乱舞は、ヒロの喉元に突きつけられた剣の切先によって終わりを迎える。


「自分の、勝ちだな」


 ……強いことは知ってたさ。でも……か?


 今の戦いで痛いくらいよくわかった。どうしようもない隔絶がレインとの間には存在する。大人と子供くらいの。違う……猛獣と赤子くらいだ。


「他の愚鈍な連中に比べれば、それなりに剣は扱えるみたいだが……それでも隙だらけ過ぎるな。死角がありすぎる。今の一戦で、おまえは自分に一〇回は急所を取られているぞ」


「…………ッ」


 サッと剣を引き、今の一戦の評価を語るレイン。今のお前の剣では決して届かないのだと、彼女は暗に告げていた。


「相手の動きを読んで戦え。基本だが……これが一番大事だと思う。今の自分の動きについてこられるようになれば、おまえはこの先さらに強くなっていける」


 レインの青い瞳が、オレを見つめる。


「…………今伝えても説得力に欠けるが、お前には剣の才能があると思う」


「……あるのか? オレに?」


「ああ、鍛えれば絶対に強くなれる。もちろん努力次第だがな」


「そうか……子供のときから剣を振り続けてたのは無駄じゃなかったってことだな……」


「あまり調子に乗るな、ばか。自分から見ればおまえはひよっこも同然だ。だいたい子供のときから剣を振ってきたといっても……一五才なんて、まだまだ子供だぞ」


「同い年に言われても、まったく説得力がねえよ」


「おまえと自分では、生きてきた『世界』が違う」


「世界か……だったらオレも、その『世界』とやらに追いつけるよう努力してやるよ」


「……追いつけるものなら追いついてみろ。——待っていてやる」


 なんだかんだ言いつつも、口下手で不器用なレインが、自分に向き合ってくれていることを、ひしひしと感じる。必死に戦いというものを教えようとしてくれている。

 ——レインの想い……絶対に無駄にしねえ。


「もう一度だ……ッ!」


 オレは愛剣を振りかざしながら、足で地面を蹴り飛ばし駆け出す。


 強く、なるんだ。

 追いついてやる。レインがいる高みへ。

 その——さらに先へ。


 もう誰も死なせないために——オレは走り始めた。


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