第2話 友情交渉

 …………。……せっくす?

 この人は急に何を言ってんだ? せっくす……って、セックスだよな?

「……どういうことか、わからないんですが」

「どういうも何も、言った通りの意味」

「つまり、オレとせ……セックスしたくて、オレを探してたってことですか?」

「違う……いや、まあ、結果的にはそうだ。けど別に、誰でもいいからとか、そういうのではない。これは……調査。くれぐれも勘違いするな」

 そうして視線を少しそらす彼女。その仕草は子供みたいなのに妙に高圧的な態度だから、余計に違和感を感じる。子供が背伸びしている感覚というか、なんというか。

「なんの勘違いですか。そもそも、調査って?」

「前も言ったが自分は傭兵の身。これから戦線が激しくなるし、一緒に戦う正規兵のことを知っておこうと思った」

 理由を重ねてこられたところで、爆弾発言の説明にはならない。

「うーんと、待ってください。どうしてそれが身も知らぬ相手との性行為に繋がるんです?」

「『友』と仲を深めるには体の付き合いが一番いいと教わっている」

 どういう学びだ!

「…………つまりまとめると……オレと友達になりたいってことですか」

「いいや、違う」

「違うの⁉︎」

「もう友達だ」

 ああ……そうですか。

 ——『友』と仲良くなりたい。

 すでになってたんですね、友達。……うーん、わからん。

「助けてもらったのは本当に感謝してますけど、友達ってそうやって作るものじゃないと思うんですが……」

「あれは恩を売るつもりでやったのではない。わかるだろう?」

「はあ……」

「第一、友達の定義など私にはわからないが……こういう方法しか自分は知らないんだ」

「……ッ」

 彼女の表情は大して変わっていないのに、ちょっとムッとした顔になったと、なぜだか気づけた。それは怒ったという感情であるはずなのに、綺麗だ、とオレはそう思ってしまう。

 はっきり言って、断る理由なんかないけど……ないけど。

「友達は、その、別にいいですよ。なっても。……ただセックスは、…………遠慮しておきます」

 結局——急な肉体関係締結に日和ったオレは、丁重にお断りしたのだった。

 クソ。なんでだ。オレはまともな対応をしたはずなのに……、とてつもなくもったいないなく感じる……!

「そうか……。まあ、焦る必要はないか。急な無理を言ってすまない。受け入れてくれて、助かる」

 どうにも感情が表に出ないのでわかりにくいが、言葉通りに受け取るなら、一応は嬉しいらしい……。

 ——変な女性ひとだな。

 ミステリアスな少女傭兵から一転、距離感のつかめない不思議少女へと、印象が様変わりだ。いきなりの『抱いて』だからビッチなのかと言われても、なんか違うし、とにかく『不思議』だ。

「しかし……敬語を使われるのは、その、違和感がある。なんというか、友達だというのに、他人行儀に感じてしまう」

「別に、よそよそしくしてるつもりはないですよ。ただ年上に対して図々しいかな、と思っただけで」

「なんだ、年齢を気にしていたのか」だが、レインさんはそんなオレの思考をよそに合点がいったと言う調子で、「ヒロ、お前は一つ大きな勘違いをしている」

「勘違い?」

「自分は今年で一五歳。おそらく、お前とそう変わらない」

 なるほど、 一五歳か。…………え? 

「じゅうご……⁉︎ 同い年だったんですか⁉︎」

 嘘だろ。何を食ったら、その歳でそんなに色々でかくなるんだよ。普通に見りゃ、三つは年上だろ?

「お前もそうだが、なぜ皆、自分の年齢を聞いて、そうも不思議がるのかがわからない。お前からすると自分は幼く見えるのか?」

「……違う、逆です、逆」

 てっきり年上だと思っていたのであれだったが、同い年だとわかると、それはそれでどうも落ち着かない。

「……? まあ、立場は違うかもしれないが……自分は軍人じゃないから規律も気にしなくていい。とにかく敬語は必要ない」

 強く、言われる。

「……レインさんがいいんなら、オレはいいけど」

「ダメだ、まだ堅苦しい。さん付けは……それっぽくない。呼び捨てでレイン、だ」

「……。わかったよ——レイン」

「それでいい。今の自分たちには時間の積み重ねがない。ならば、せめて形から入るのも良いだろう」

「そんなのわざわざ気にするなんて、変わった人だな」

 細かい注文だが、やけにこだわる彼女の瞳を見て、否定を口にするのは憚られた。

「変わった目で見られるのには慣れている」

「まあオレも、変わってるとはよく言われるよ」

「ならお似合いだ。改めてよろしく——ヒロ」

 親愛の合図としてなのか、右手を差し出しながらレインは言う。

「ああ、よろしく」

 短く答えて、オレもその握手に応じた。

 …………その手は、とても冷たくゴツゴツしたものだった。

 明らかに生身の人間の手ではない。思わず、すぐに手を離してしまう。

 さすがに失礼だったか? 

 ちらと見ると、彼女は思うところがあるようにその右手を見つめていた。

 手はどうしたんだとか、髪色がなぜ変わってるんだとか、あんたが『死神』なのかとか、聞きたいことは山ほどあるが、聞いていい雰囲気でないことくらいは女の子との会話に慣れていないオレでもわかる。

「それで、レインさ……レインは、なんでオレがここにいるってわかったんだ?」

 よって先の反省を活かしつつ、口調を急に変えるのに戸惑いながらも、最初に感じた疑問を尋ねる。軍の兵舎は王都に何箇所か点在するからだ。まさか全て訪ねて回ったわけでもあるまいし。

「この場所のことなら、軍の人間に尋ねたら教えてくれた」

 レインは軽い調子で言う。

「尋ねたらって、それこそ嘘だろ……?」

「本当だ。嘘をついても仕方がない」

「でも、軍人がそんな簡単に個人情報は渡したりしないんじゃないのか?」

「しつこいな、ヒロ。男のくせに。そんなことを言っていると——斬るぞ」

 ……ッ。

 レインの平坦な口調に、咄嗟に背筋を駆け抜けるものがあった。先の戦場と違い、別に彼女が殺気を放ってるわけじゃない。もちろん、本気だとも思えない。

 なのに、

 訂正する必要があるな。普通の女の子は斬るぞなんて言わねえ。

 まあ、気にしすぎだとは思うし、兵舎の場所に関しても、案外知り合いなどと言えばレインの容姿も相まって軍のおっさんどもがつい教えてしまったのかもしれないので、これ以上の追求は避けることにした。

「落ち着けって。物騒なこと言うなよ……」

「冗談だ。……本気にすることもないだろう。ヒロも案外、子供だな」

 顔色一つ変えずに答えるレインに、なんだか知らねえけど、冗談に聞こえねえんだよ、と口の中だけで呟いておいた。

「思い出した。自分もちょっと聞きたいことがある」レインは露骨に話題を変えるように、「キサラギなんて珍しい苗字、この国では聞かない響きだから疑問に思った。姓名の順序といい、おまえは東洋人の血を引いていたりするのか?」

「……。母さんは大陸の生まれで、父さんが東洋人なんだ。いわゆる混血ハーフってやつだな」

 東洋人とは名の通り、大陸東方にある島国オリエントに住む人々のことを指す。オレの父方の祖父母はその島国出身で、夫婦となってからこの大陸までやってきたらしい。

 東洋人は、特徴的な少し黄みがかった肌の色と彫りの薄い顔が多く、顔立ちからして珍しいので意外と多く気づかれる(オレは混血なのでわかりにくいらしいが)。さらにきわめつけは、レインにも指摘された通り、姓と名が大抵の人たちとは逆なことだ。

 海流の影響だったり、そもそも往来が危険であったりと不便さもあってか、大陸において東洋人はかなり珍しいのでレインが気になるのも無理はないと思う、が……。

「なるほど……。じゃあ、もしかして使えるのか? 噂にしか聞かない、東洋人だけの魔法——強化魔法を」

「…………あー、使えるのは使えるけど」

 思うところがあって、オレは歯切れ悪く肯定する……。

 強化魔法とは字面通り、筋力や耐久力の底上げ、触れた物質の硬化など、肉体や武器を一時的に強化できるといった特性を持つ。個々人によってさまざまな個性がある魔法ではあるが、強化魔法は体系的に特殊で扱える者が少ない。つまり……東洋人の血を引く者にしか発現が確認されていない。

 ともかく大陸では珍しい魔法なので、オレの素性を知ると皆一様に強化魔法を使えるかどうか聞いてくる。例に漏れず、レインもそうらしい。

「なら、少し見せてほしい。強化魔法は参考文献も少ないから興味があった。仕事柄、知識はいくつあっても困らない」

 ……期待した目で見られても困るというのが本音だ。

 オレの強化魔法は、『目』の機能を一部強化……いわゆる動体視力をあげることができるというもので、拳で鉄を粉砕したりだとか、斬撃を生身で受けても傷ひとつ付かないだとか、見栄えするものではないからだ。

 もっとも東洋人でも、強化魔法自体を扱える者は一割もいないと聞いたことがあるから、その点を見れば使えるというだけでも優秀と言えるかもしれないが……。

「そんな大したもんじゃないぞ?」

「ああ、別に大きな期待をしているわけじゃない」

 それはそれでなんだか傷つくところはあるが、彼女は危ないところを助けてくれた恩人であり、仮にも友達だと言った相手だ。

 友達は絶対に絶対に大切にしろ、と父も言っていた(二回も絶対と言うくらいには)。

 しょうがねえ……一肌脱ぐとするか。

 派手じゃないと言っても、使用すればは捕捉できるようになる。ここはやはり飛び道具が一番いいだろう。不意打ちでなければ問題ない。

 こと戦場においては恐怖の一つも覚えるだろうが、このような状況では不思議と銃を向けられようと、そこまでの感情は抱かないのだ。

 殺気、と言うのだろうか。

 それがすぐに伝わる。

 簡単に言うと、『敵意』というものを敏感に察知できて、これがもともと持ちうる資質なのか、臆病さ故なのかはさておき。

「……よし、わかった。用意するから、ちょっと待っててくれ」

 レインに断ると、オレは兵舎の中へと向かう。

 武器庫の中に入って、目的に見合うものを探す。幸い武器庫は、兵舎に備え付けられており、訓練のためならば、自由に持ち出してもお咎めはない。

 まあしかし、銃弾を捕捉できるといっても、この時間帯に兵舎裏で銃声なんて鳴り響かせようもんなら営倉に放り込まれても文句は言えない。

 そもそもの話、銃の取り扱いもよく知らないし、装填の仕方もわからない。ただ、次弾装填がかなり面倒で時間がかかるというのは聞いたことがある。国ごとに技術の差はあるとはいえ、少なくともこのノールエストでの戦闘の主流は、剣などの近接武器と魔法の行使だった。

 だが遠距離武器の中でも、比較的使いやすいとして重宝されているのが弓だ。弓兵の方たちには怒られそうな理由だが、弓をつがえて射るだけなら素人でもなんとか扱えそうだった。

 そのような理由から弓と矢を武器庫から拝借して戻ってくると、レインに渡す。

「……弓なんかでどうする?」

「とりあえず、オレに向けて、矢を射ってみてくれ」

 彼女は一瞬、わけがわからないといった顔をすると、おずおずと言った。

「……おまえ、ばかなのか? それとも自殺願望とか?」

「は? どういう意味だ?」

「自分はせっかくできた友達を失いたくないぞ」

 ……あー。

 確かに説明不足だった。いきなり弓を持ってきて、『自分を矢で射ってくれ』なんて、よく考えればただの危ない奴だ。

「待てレイン。少し誤解がある」

「……そうか、わかった。強化魔法は肉体を鋼に変えることができると聞く。弓矢程度なら簡単に跳ね返せるということだろう?」

「……やっぱり、みんなそういうの想像するんだな」

「なんだ……違うのか」

「見せた方が早いんだ。とにかく撃ってみてくれよ」

「……わかった。急所は避けることにする」

「レインは、弓を扱ったことあるのか?」

「いや、全くない」

 あっけらかんと、彼女は言う。

「よくそんな自信満々に、急所は避けるとか言えたな……」

「まあ、問題ない。準備をするなら早くしろ」

 弓と矢を検分しながら言うレインに、信じるぞ? と返事をして、


「——抗えリバース


 オレは——魔法を発動させた。

 一瞬のうちに景色が変わる。まるで、ゆっくりと時間が進んでいるような感覚になる。

「……。強化魔法も呪文を唱える必要があったとは」

 レインは興味深そうに彼女は呟くが……。

「ああ、いや。特に必要はねえよ。珍しいとはいえ基本的な原理は変わらないしな。ただ、そっちの方がかっこいいからってだけだ」

「そう……。いや、惜しいと思う。残念だがタイミングが良くない。そういう呪文みたいなかっこつける台詞は、もう少し盛り上がる場面で使うものだと、自分は考えている」

「斬新な、感想だな」

 てっきり、さらに馬鹿にされるとばかり思っていた。

「ただ、見た目が変わりはないのは意外だった」

「そりゃあれだ……『能ある獣は爪を隠す』って言うだろ」 

「ヒロにそこまで能があるとは思えないけど……。——いくぞ」

 さらりとひどいことを言って、颯爽と弓をつがえる彼女。仕方なく、オレも身構えた。

 数秒後。わずかな乾いた音とともに、弓矢が射出される。正確な軌道を描いて左腕に向かってくる矢は、容易に捉えられた。それを即座に右手で掴む。矢の勢いに少し手が押し戻されたものの、怪我なく素手で受け止めることに成功した。

「オレの強化魔法は、こうやって動体視力を高めることができる。まあ、ほんと地味な力だけどな」

 その割には、やたら集中力を消費するのも良くない。要するに、燃費がすこぶる悪いのだ。

 と……レインはなぜか無言で、オレが持ってきた予備の弓矢を丹念に見ている。

「なんか気になるとこでもあったのか?」

 一歩間違えば大怪我だし身体は張ったんだがやっぱり地味すぎて期待を裏切ったかな、なんて考えていると……ふと、

「いや。このくらいなら、自分でもできるだろうと思っただけ」

 そう、言ってのけやがった。

「な……本当かよ」

「気になるか? なら、見ていて」

 オレが言葉を重ねる前にレインはそれを押し留めて、予備の矢を弓につがえると、そのまま大きく体を逸らし、矢の先端が真上を向くように構える。なんとなくやることが想像ついたと同時——弓矢は放たれた。

 地面と垂直に飛んだ矢は、やがて勢いを失って自由落下してくる。……その速度は、おそらくオレが受け止めたもの以上だった。それを猛禽類のような鋭い瞳で見据える彼女は、純粋な己の動体視力だけで——ガッチリと眼前で弓矢を掴んでみせた。

「どうだ? 自分もなかなかのものだろう?」

「……すげえな」

 オレも同じことをやったとして……おそらくできる。

 でも、人が勇気をだしてやったことよりも、さらに上のことを堂々とやってのける胆力には、呆れる。表情からは感じられないが、得意げにしているだろうということが不思議と読み取れた。

 悪意は、多分ないのだろう。

 でも、感心してるだけじゃあ、終われない。

 ——オレはこう見えて、結構負けず嫌いなんだよ。

 父さんによれば、オレの負けず嫌いは完璧に母さんからの遺伝らしいが。あいつも同じくらいしつこかったとよく言われた。もっともオレにだってちょっとだけ自覚はあった。父さんに剣の稽古をつけてもらっている時も、日が暮れて体力が尽きるまで無鉄砲に立ち向かっていったことは、結構鮮明に覚えている。

「じゃあ、これならどうだ」

 あまり表に感情を出さないようにしながら、懐から銀色の硬貨を一枚取り出してレインに見せつけた。

「それは……ヴェン硬貨?」

 ヴェン硬貨。アイトスフィア全土で正式な通貨として広く流通している硬貨の名だ。

 硬貨の種類は金・銀・銅と三種類ある。貨幣価値はわかりやすいことに、金貨一枚で一〇〇〇ヴェン、銀貨一枚で一〇〇ヴェン、銅貨一枚で一〇ヴェンといった具合だ。端数はない。これより多い金額はヴェン札となり、一枚で一万ヴェンとなる。

「そうだ。オレが今から、これを空中に飛ばしてから、手の甲で受け止める。そのあとの裏表を当てる、ってやつだ」

 硬貨の表側には、この世界を創ったとされる唯一神——アイトの偶像が刻印されており、裏表がわかるようになっている。

 高速回転するコインの裏表を正確に当てるなんて常人には不可能であるため、『違い』を示すのにちょうどいい。

 物は試しだと、右親指で硬貨を弾いた。硬貨は回転しながら飛び上がる。それを正確に目で追って、落ちてくる硬貨を手の甲で受け止める。

「表だ」

 オレは即答すると、かぶせていた右手をどける。そこには……アイトの偶像が描かれていた。さあどうだ、とレインの方を見やるが…………彼女はあっさりと。それも自分ならできそうだ、と言った。

「そもそも試行回数が足りない。一回だけなら運もある。貸して」

 挑戦的な言葉で手を差し出すレインに、渋々とコインを渡す。受け取るや否や、彼女は淡々とコイントスを一〇回繰り返し…………全て当てて見せた。

 ……。これはあくまで、オレの強化魔法をレインが見たいって言ったからやってるんだよな。オレも相当な負けず嫌いだと思ってたが、レインのは負けず嫌いってレベルじゃねえぞ……。

「クソ……やることなすこと通じないのかよ。だったら次は——」

「——まあ、落ち着いて。眼球の動きや息づかいで、おまえの肉体が研ぎ澄まされたことは理解できた。おまえのそれは立派な魔法。極めれば、さらに伸びると思う。恥じることはない」

 と……オレがちょっと熱くなったところを押し留めてくるレイン。どうやら最終的には、一応褒めてくれているらしかった。

 めちゃくちゃわかりにくいけど、及第点ってとこなのか……?

 ——だが、はっきり言ってそれよりも、もっと。

 オレの中では違う感情が渦巻いていた。はっきりとした彼我の実力が、たったこれだけのお遊びで如実に理解できたからだ。

 もちろん出会った時から実力差はあるとわかっていた。少々剣の腕が立つ新兵なんかじゃ、歯が立たないだろうということくらいは。

 例えば、彼女は弓など一度も触ったことがないと言ったが、的確に腕だけを狙うことができているなど、やけに取り扱いが上手かった。正直あれは……第一線で戦う弓兵の腕前だった。

 剣だけでなく、もはや兵士としての素質もずば抜けて違う。それが先天的なものか後天的なものかすらわからない。

 だけれども、やっぱり。

 ——負けるのは、悔しい…………。

 当然、上には上がいるのもわかっている。でも、同年代の相手にと思ったのは、初めてだったから。

「…………気に障ったか?」

 レインは、オレの苦々しげになっているであろう顔を見て、さすがに思うところがあったのか、やがてそう言った。

「気に障ったというか、びっくりしたってのが一番だな」

「…………自分は、まだ友達との会話というのに不慣れなので。どんな風に会話を盛り上げていいのか、わからなかった。驚いたのなら謝る……」

 相変わらず表情に変化はなかったが、反省の意思を見せているらしいレイン。そんな思わぬ殊勝な態度に、なんだかきまりが悪くなってしまう。

「別に、頭を下げられるほどのことじゃねえよ。オレだって、負けず嫌いなところくらいあるしな」

 実際、オレが落ち込んでいたのは別の理由であるし、その点に彼女の落ち度はない。

「怒ってないならよかった」彼女は軽く息をつきながら言って、少し考え込むと、「……。ヒロの魔法の披露だったのに、自分もちょっと熱くなってしまった。礼に礼を返すというのも変な話だが、自分のお気に入りの場所に連れていってやろう」

「お気に入りの場所?」

「ついてくればわかる」

 レインはそれだけ告げるとスタスタ歩き出した。

「おいおい……」

 ついてくればわかるって、いきなりすぎるだろ……。

 兵舎の表の路地に向かおうとしたレインは一度振り返って、突然のことについていけないオレを見て、声を少し大きくして言う。

「できれば早くしてほしい。ヒロに余裕があっても、自分にはない」

 お礼をするっていいながら人を引っ張り回すって、無茶苦茶な奴だな。今日の仕事は昼からだから時間的余裕はあるけどよ……。

 まったく、我の強い少女だった。軍隊みたいな規律を重んじるところではかなり不向きだ。そう考えれば傭兵という選択肢は正しいのかもしれない。

 ……それに、友達とは、無理を押し倒せるような関係だとも思う。

「…………わかった。付き合う」

「さっさと来ないと撫で斬る。そうして運んでいくぞ」

 おっかねえな、おい。

 ……とにかく斬られるのは嫌なので、フレアをなびかせて表の路地に出て行った少女の背中を、オレは急いで追いかけた。


 どんな場所にも貧富の差は存在する。ここ王都も例に漏れずそうだった。

 王都の都市開発が始まって十数年は経ったらしいが、未だに開発がされていない地域がある。

 王都は中心部に行くほど標高が高い。オレが使ってる兵舎は比較的王都の端にあったが、そのまま街を下るように抜けると、そこかしこに廃墟が広がっていた。帝国から逃亡してきた難民や、職を失い住む場所が無くなった浮浪者たちが、廃墟を寝ぐらとして生活している光景も、珍しいとは言えない。

 兵舎を出発して半時間ほど経っただろうか。未開発地域に入りしばらく歩くと、少し傾斜がきつそうな丘が見えてきた。レインはそこを登り始める。華奢な体ではあるが、スイスイと進んでいく。やはり体に似合わない相当の運動能力の持ち主だ。オレも遅れないよう彼女の後に続く。

 丘の頂上にたどり着くと、少し開けた場所に出た。そこには一軒の寂れた廃屋と……先客。五人ほどの男が、ぽつりと立つ廃墟のすぐそばに座り込みながら盛り上がっていた……。

「おー、女じゃねえか! 見ろよお前らぁ」

 と、そのうちの一人がオレたちに気付き、仲間に呼びかける。

「んー、本当だ。……どっちもなかなか可愛くねえか?」

「おう、かなりの上玉だな……」

 下卑た笑みでゲラゲラ笑う男たち。

 ……落ち着けよ、オレ。女に間違われんのは今更だろ? そもそも一応こっちは帯剣してるんだが……酔っ払って見えてねえのか? 

 どいつもこいつも顔が赤いので、多分そうだ。

 男たちの服装はごく普通の平民といった感じで、いわゆる街のチンピラどもだろう。どーすんだこれ、と思案していると。レインがツカツカと彼らに近寄っていく。

「お、ねーちゃんも俺らと飲むかい?」

「いいねいいねぇ! 俺らとオトナの遊びをしようぜえー!」

 レインは平然とした表情で、下賤な物言いに動じることなく、

「すまない。ここにどうしても用がある。場所を移してくれないだろうか」

「えー、わざわざ高いところまで来たのに意味ねえじゃん」

「申し訳ない……けれど友達に見せたいものがあるので」

「友達って後ろの子? そうだなぁ……。二人一緒に俺たちと『遊んで』くれるなら、いいぜ? なぁに、時間はそう取らねえよ。俺たちみんな超上手いから! なぁ?」

「おうよ! 百戦錬磨だ」 

「違えねえな!」

 ギャハハ、と漂う醜悪な笑い声。

「だからさぁ……」切れ目の男が立ち上がって、レインを舐るように、「どうよ」

「それは……できない」

「ダメー?」

「ああ」

「ふーん。……ていうかキミ、めっちゃエロい格好してるね。胸もでけえし。やっぱ誘ってんじゃ——」 

 ならば無理やりとでも言わんばかりにレインの胸を掴もうとする男だったが………………バチィ、と。痛烈に手が弾かれた。

「触るな」

「あん?」

「触るな、単細胞」

「…………。おい、てめぇ……。今なんてった!」男がレインに突っかかる。

「聞こえなかったのか? 『単細胞』と言ったんだ。頭だけじゃなく耳までスカスカなのか」

 火に油を注ぐようなことを、彼女はすました様子で言い放った……。

 気持ちはわかるけどもうちょい言い方あっただろ。

「この、クソガキ! 女だからって俺は容赦しねえぞ!」

 案の定、キレた。

 切れ目の男が、懐から折りたたみ式のナイフを取り出す。だが、いくら刃物を持っているとはいえ、武器の構えからして相手はただの『素人』で。

「おい、お前ら! やめ——」

 止めようと、オレが剣の鞘に触れたその時——男の顔面にレインの蹴りが突き刺さった。

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