息を潜める世界
水原麻以
第1話
国境の要塞を鉄の潮風が洗っていた。
寄せては返す血の飛沫。地の果てまで人種を隔てるコンクリート壁。
聳え立つ絶望めがけて人の波が荒れ狂う。
爆発、爆発、閃光、轟音、また爆発。
これでもかと車列が運転手を乗せたまま弾け、闇雲に銃を鳴らして老若男女が猪突している。狂乱と怒号と悲鳴が輪唱する。
やがて毒々しいオレンジの雲が立ち込めた。
怨嗟と非難は断末魔の苦しみに化け、悲劇の幕がようやく下りた。
「これはどういう事なんだ」
監視塔の男が双眼鏡を下ろした。「わかりません。陽動でしょうか。引き続き散布を続けます」
オペレーターが操作棒を握りなおした。ドローンは勢力図を渡り歩いて密度の高い集団から順に毒ガスを浴びせた。
十分も経たぬ間に音速の死神は1万人近い反政府組織を永遠に沈黙させる。乾季の荒野に転がる瞳孔は何を見ているのか。
数日後、風の便りが届いた。期日指定の反抗声明が雄弁に語るには、我々は勝利したのだ、と。
”絶対に負けられぬ闘いに勝った。郷土はくれてやる。腐りゆく地球はお前達のもの。煮るなり焼くなり好きにしろ。我々はひと足先に逝く”
「何だと?! 最初から死ぬつもりだったと?」
情報局長は激怒した。副官は素っ気なく続けた。
「そうです。あれは陽動にあらず。自決でした」
「闘う相手がいなくなればどうなる?」
「より強い者が空白につけ入ります」
「莫迦も休み休みに言え。アルシアが緩衝国だなど烏滸がましい。戦車で何時でも蹂躙出来たし、隣国が相互防衛条約を破棄する兆候も情報もな…」
銃弾が脳漿を散らした。副官が薬莢を捨てつつ言う。
「私がそうする事になったのです」
直後に隣国で政変が発生。軍部が侵攻を開始。転覆工作が奏効したのだ。
自分を見失ってるって嘆くけど、贅沢な悩みよね。リタは自己愛の盲点を突いた。確かに豊富な選択肢に自由意思は溺死する。恋は視野を曇らせる。気づきが杏奈の振り向かせる保証はないのだけど。仕事熱心は身体に毒だ。せめて意欲の三割でも家庭に注いでくれればと願う。
「判ってる。貴女のチームもやってくれるじゃん」
杏奈は物憂げに髪をかき上げた。二人とも箱庭を総括する紅二点で己の信じる未来図をひたすら追っている。リタは攻めの進化、杏奈は守りの洗練だ。互いに異なる集団が守護神となってかりそめの地球を導いている。
世界最高速の量子計算機――地球シミュレーター(ES)と俗称されている。ブラジルで蝶が舞い、北京に雨を降らせる演算など朝飯前だ。ただ、大いなる力には相応の責任が伴う。世界中の学術機関が喉から手が出るほど演算時間を欲しがってる。抗癌剤創薬に標準理論の拡張。並みいる重要主題を押し退けて、彼女達
問題は方法論だ。
杏奈が推進する政治主導ではどうしても戦争が勃発する。対してリタは草の根運動から体制変革を目指した。だが、それもやはり諍いが起きる。
緩衝国アルシアの蜂起にリタの演習結果が干渉した。杏奈チームが治める宗主国は隣国に倒された。
「これじゃ、わたし軍人よね」
杏奈は自身を見失っていた。
「現時点で冷戦終結後の世界は安定してます。大国間の衝突懸念は消え、戦略爆撃機より迫撃弾撃墜が求められる時代です」
杏奈のチームは対テロ戦争に明け暮れる各国の明日を描けずにいた。グローバリズムが完成してブロックチェーンが工業生産を取り持つ。誰もが勝ち組になれる社会に残された敵と言えば貧困や環境問題や自然災害だろう。どれも武力と無縁だ。
「嬉しくないんですか」
最近は若い研究員に思索をしばし中断される。悩み事かと聞かれれば煮え切らない。
杏奈は輝ける場所を探す依存症だ。自分の性能が周囲に影響を及ぼした、と自覚できる時、人は酔える。
そう分析してくれた秀明に心が傾きつつある。リタは薄々感づいているだろうか、鈍感を演じるほど汚れてないか。
何れにせよ浮ついた自分を許せるほど状況は甘くない。リタのチームは守りに特化した研究班だ。不穏分子の駆逐など解決済みだろう。後追いする作業に杏奈は苛立っていた。
「君は功を焦りすぎだ」
秀明の腕枕に爛れた身を預ける度、心がはやった。聞き上手であるが一言多い。どうして男は結論を急ぐのか。やはりフワっとしたリタが拠り所だと気づいた。その瞬間に気持ちが醒め、宿を出た。
花崗岩をくりぬいた通路。剥き出しの肌を撫でると逆説的な安心感が沸く。落ち着いてみれば他愛ない痴話喧嘩だ。罪悪感は秀明に対してではない。一時の迷いでチームワークを乱した事だ。リタの班より進捗率、達成度とも大幅に遅れている。
絶対に負けられない戦いに杏奈は挑んでいる。時間軸で現時点より少し先、西暦2020年代から世界は狂い始める。
ES「箱舟」が弾き出した確信に近い未来だ。軌道修正に着手可能な最終期限は明後日早朝だ。
それまでにリタに先んじて具体案を提出せねばならない。採用の可否を含め国連が裁量するが、第一印象が勝敗を左右する。岩壁に身を委ね呼吸を整えると進むべき道が少し見えて来た。今夜こそリタと向き合おう。仮面を被る生活はやがて窒息死する。
攻めと防御。勝気な二人が大学時代から高めあってきた。矛盾した競争心は心地よい平安をくれる。そう信じて同棲を始めた。
だが、人は成長する。互いを踏み越える時期が来たのではないか。秀明の出現が合図だと悟った。
箱舟の宿舎は広い。格の直撃にも耐える地の底で閉塞感を減じるため居住性に巨費が投じられている。
吹き抜けのロフトに戻ると愛らしい囀りが出迎えた。
「ちょっと!ペットは飼わない約束じゃない」
「あらリタ。おかえり。かわいいでしょ」
リタの腕に
しかし二人だけの空間に慰みは要らない。
「出ていくか今すぐ処分して!」
「秀明さんの贈りものでも?」
意外な反撃に杏奈は仰け反った。
「どういうつもり!」
バスローブ姿の男に杏奈は詰め寄った。
「相談のお礼さ。まさか君達が同居…」
「ふざけるな!」
罵詈雑言の限りを尽くして追い出した。そしてリタに詰め寄る。
「貴女ねぇ!」
「ヤってないから安心して。彼、ゲイよ」
「じゃあ、恰好は? 殴るわよ!」
「話すから乱暴しないで…」
潤んだ小動物の瞳が杏奈の殺意を殺した。
酒瓶3本を空にして聞き出した経緯はこうだ。きっかけは同性愛者間でよくある怨嗟。秀明の妻役を寝取ろうと不穏な噂を流された。それで自分はパートナーを揺さぶる為に女性のもとを訪ねた。
「どこまで事実だか」
「鶏は嘘はつかないわ。この子、彼のだもん」
「なるほど。シェルター代わりの女か。手土産にされた盲鶏が可哀想ね」
してやられた。杏奈は敗北を認めた。リタはどこまでも追尾してくる。ならば空中戦にとことんつきあうまでだ。
第二戦はESが舞台だ。ロードマップで示してやる。
白波の如く逆巻く雲。両手を広げても有り余る青。杏奈の心は空虚で晴れやかだった。解放感こそ命を駆動する。
彼女は60億人類の未来像に楽観論を組み込んだ。
「人口動態にボルツマン係数を加味して…そうよ」
杏奈班が操るモデルはパレート線図に忠実な貧富偏重を容認しつつ格差拡大を維持する大胆な内容だ。資本主義は不幸を燃料にする。アフリカが最後の理想郷だ。彼女に拠ればそこすらも経済成長で有望な市場に化ける。最終目標は全人類の富裕層化だ。では次にどこから搾取するのか。開拓精神に立ち返れという。
「貧困の闇を福祉で照らせばテロは消える」
ESの第一フロアに打鍵が鳴り響く。てきぱきとした混沌が優秀な指揮者に制御されている。杏奈が虚空の数式をなぞれば部下たちが一斉に忖度する。彼女らの頭上で地球儀が回り、グラフが折り重なる。
「生産コストの大部分は人件費よ。消費者物価と年収を勘案して」
賃金の緩やかな上昇曲線と労働需要のドーナツ化が相関され、工場移転の波紋が半径を広げていく。
「空洞化はどうします?」
秀明の小班に訊かれて言葉が詰まった。空虚の輪郭を撫でろというのか。女々しい。不足は満たせばいい。
キッと睨み返し、即答した。「多機能高付加価値で購買欲を刺激して」
早速、演算モデルが修正される。効果は覿面だ。やがてES世界に情報革命が起きた。ムーアの法則が作用して安価な端末が普及すると世界が集合知でつながった。ここまでは順調だ。杏奈の心は夏空よりも晴れやかだ。価値観の共有は心の壁を崩し闘争本能を承認欲求へ昇華する。もう銃は要らない。時計は正午を過ぎていた。「これで勝てるわ」
チリチリ…コロコロ。鈴を転がすようなかわいい声で盲鶏が閉鎖空間を乱舞している。囀りをレーダーにしている。エコーロケーションという。
「不思議ね。眺めてるだけで開放された気分」
「彼には限界が見えないんだ」
秀明は愛鳥の飛びっぷりに目を細める。箱庭の閉塞感を解消してくれる。
「杏奈にもいい刺激になったみたい」
策略は見事に奏効した。リタは嬉々として防御型持続モデルの改良に励んだ。グローバリズムは何れ飽和するのだ。エントロピーは増大し続ける。
「戦争は仕掛ける側の問題だ。受け手である大衆がどう転がるか見ものだ」
「老後の余興を愉しむ老人みたい」
「そうさ。命短し恋せよ乙女だ」
「やだ。そんな気分じゃない」
リタは秀明を押し退けた。そして端末に駆け寄った。モニターが杏奈のモデルに異変を検知したのだ。
「君はそうやって何かに縋りつく。それが俺でなくとも?」
ああ鬱陶しい。男ってどこまでバカで単細胞なのだろう。女は共同体に安心を求める。黙って聞き役に徹すればいいのに。
「人は独りでは生きていけないわ。貴方だって箱庭の一員じゃない」
「わかったよ」
秀明はズボンを履くなり乱暴に扉を閉じて去った。幼稚な嫉妬に構う暇はない。杏奈班の未来像は風雲急を告げていた。
「世界中で急速に武装化が進んでいます」
メンバーたちがざわめいている。一体化した地球は不満分子を駆除して恒久平和を得る、と誰もが予想していた。リタ達は頃合いを見計らって杏奈のモデルを吸収する脚本を描いていた。
だって画一化した世界は守りに徹するしかない。攻めは安定を損なう。事実上はリタの不戦勝だ。杏奈モデルを包括した計算式を提出するべく草稿まで準備した。
ところが、予想が裏切られた。各国は杏奈の地球上で対テロリズムを圧政の口実に使い始めた。急進化と中央集権がはびこりナショナリズムが勃興する。
「戦争が起きるわ」
「これって?」
戸惑う杏奈。顔面を警告表示が繰り返し染める。富の偏在を放置したまま裕福を標準化する試みがそもそも間違いだった。
富の余剰が下層階級に垂直する。いわゆるトリクルダウンが世帯収入を底上げすると彼女は信じていた。ところが実際は格差社会に無情を感じた若者たちが欺瞞にNOを突きつけた。
グローバリズムは悪だ。外国に搾取されるばかりで暮らしは改善されない。そう考えた輩が自国第一主義を唱え始めた。そして在留外人排斥に乗り出した。
「却ってテロが蔓延ってます」
班員の報告を受けて杏奈は必死で端末を叩いた。人権尊重と博愛精神を各国政府に改めて周知させる。時には嫌悪感情を過激に取り締まらせた。
ところが、これが裏目に出た。自国民を軽視している、と大衆に反感が広まり、政権が維持が困難な国が増加した。
「どうすればいいの?戦争になる」
頭を抱えていると、ピヨピヨと囀りが頭上を過った。
「だってそういう前提でしょう」
ハッと顔をあげると秀明が冷ややかに笑みを浮かべている。
「所詮、人は独占欲の塊ですよ。誰だって愛する人を守りたい」
「何が言いたいの?」
「名案を聞いてくれますか? 空には国境がない」
チチチと盲鶏がバーチャル地球儀を周回している。その翼下にリタのモデルが栄えていく。人と人、国と国が適切な距離感を保ちつつ経済成長している。一定のルール下で競争は必要なのだ。
「どうすればいいの」
「世界はアグレッシブであるべきです」
秀明はそっと杏奈に手を添えた。そしてピアノを連弾する様にキーを叩いた。
途上国に不法な資金が注入され、武装勢力が先鋭化した。液晶画面に秀明の提案が可視化されていく。
「何なの?」
「弾道ミサイルです」
「やってくれるわ! 大国同士が戦争に及び腰なら、互角な敵を育てて武器を売ればいいってか」
リタは好敵手の戦術に歯ごたえを感じた。さすが杏奈だ。女を憎む女の血が騒ぐ。
「こっちもやり返すわよ!生活困窮者に逆説的な篤志家をあてがって」
きびきびとメンバーに指示を飛ばす。
小国は迎撃困難な弾道ミサイルという武器を得てG7諸国を脅かし始めた。
ではどうするか。発射台を潰そうと絨毯爆撃の雨を降らせれば、家を失う人も増える。リタは被害を逆手に取った。
テロ支援国家と名指しされた犠牲者の波をどっと国境に向かわせる。同時に杏奈が整備した情報社会を最大限に利用する。
親を失ったり酷い火傷をした幼子たちの鳴き声が杏奈の世界に響き渡った。
「彼女たちに温かい食事を!」
記者が切々と訴えると女性の政治家が主導する国では門戸を開かざるをえなくなった。待ってましたと難民がなだれ込む。
杏奈のモデルはジレンマに陥り閉塞していく。国境を閉じれば非人道の謗りを受ける。開けば自国民が圧迫される。
「さあ、どうするの?」
エスプレッソを淹れる余裕さえ見せるリタ。どのみち、世界は閉じている。人間は宇宙船地球号の乗員だ。
すると、国境ぞいの死亡率がみるみる跳ね上がった。
「そう来るか!」
気づけば傍らに秀明がいた。
「貴方、出て行ったんじゃないの?」と、呆れ果てる。
「必要と思ってもどって。さっきはごめんなさい」
謝られるとそれ以上、責める気がしない。リタは機嫌を直した。
「私もどうかしてた」
その言葉を聞いて秀明はほっとした様子だ。リクライニングシートを並べて共闘にかかかる。
「一緒にパンドラの箱を開けましょう。世界を永らえさせる方法は一つしかありません」
秀明は憑かれた様にキーを連打する。一心不乱に取り組む姿は狂気じみてる。そして一組の分子構造式を組み立てた。
「これは…」
さすがにリタも息を呑んだ。たとえES上の事とはいえ、実行するには勇気が要る。
「古典的ですが、実績はある。結局、人は手を変え品を変え同じやり方で成功してきた」
「でも…」
「真理はいつも単純で力強い」
「鬼と言われようが仕方ない」
杏奈は難民の流入を武力で排除する。なりふり構わぬ政策をモデルに適用した。結果、排外主義がますます普及する。
一方で弱者切捨てを声高に非難する国も増え、世界は完全に二極化した。
自国主義を標榜する強国は保護貿易を前面に押し立てて、ルール無用の制裁と報復を繰り返した。一部が同盟から離脱し、孤立を深めていく。
このままでは世界経済に暗雲が立ち込め、国際協調の足並みが乱れる。案の定、枠組みが経済成長の足枷になるとして問題解決の取り組みに異論が出始めた。
「十数年後の未来像とはいえ、えげつないですね」
秀明がマグカップを置いてくれた。
「貴方、リタのセクションに行ったんじゃないの?」
挙動不審に杏奈が気づいた。
「頼んであった資料を取りに行っただけです」
子供のような嘘をつく。
「白々しい。あんた、何がやりたいの?」
「何も…僕は、ただ…」
「マッチポンプを愉しんでるだけでしょ! 出てって」
もの凄い剣幕で秀明を廊下に追い出す。
「いいんですか?もう時間がない。貴方のモデルは破綻する」
言われて杏奈は壁の時計を見やる。確かに瀬戸際だが針は終末を指していない。
「武装と制裁を強化するとリタに言っておやり。力が善悪の配分を決済するのよ」
「それでは貴女はハリネズミだ。リタの目指すモノと同じだ」
「いいから出て行って!」
ダァン!
銃弾が秀明を貫いた。威嚇射撃のつもりだったが、リタに施された訓練は不十分だったようだ。
喀血しつつ、男がだらりとくずおれる。
しかし、女に気遣う様子は微塵もない。
「もっと早く気付いておくべきだったわ。分針が狂ってるの」
時計をあごでしゃくりながら忌々しげに言う。
「時間を稼ぐ必要があったんです。貴女達を説得する余裕はなかった」
「だからと言って、自己中な未来予測モデルを提出する理由はない!」
「自分本位は貴女もでしょう…ESを手に入れて神になった積りですか?」
「滅相もない!私はただ職務を全うしたいだけよ。世界を持続させたい」
「それが傲慢というんですよ。スタンフォード実験の参加者と同じだ」
囚人と看守役に分かれて、人がどこまで無能な働き者になれるか試した。結果、真面目であるほど残忍な執行人になった。具体的には教師や医者など。
指摘されてリタはますます逆上した。
「だから何?危機に際してはカルネアデスの舟板で人を殴る事も必要よ」
「それが身勝手だというんです。だから僕が代理で提出しておきま…」
口をへの字に曲げながらリタを真っ直ぐにみつめる。
「何が言いたいの? 嘘つきがそんな目で見ないで…あっ!」
彼女は気づいた。偽っていたのは自分の方だ。いや自分達”二人”だ。リタは杏奈を踏み台にして高みを目指した。杏奈も同罪だ。
互いが互いを利用し、そして箱庭を踏み台にして神の玉座を狙った。無意識ではなく、自己欺瞞がそうさせた。
「貴女は僕にパンドラの箱を開封させた。あの構造式は盲鶏が媒介する変異性のウイルスです。感染力も毒性も不規則だ。逆に言えば可塑性が強いんです。どうにでも化ける。それを世に放てばどうなるか、さっき演算したとおりです」
秀明とリタの顔色がどんどん蒼白してゆく。
「グローバル化した世界に病毒は容易く広まる。感染防止の為に各国は国境を閉ざす。人も物も政治も経済も止まる。マッチポンプと蛇口。匙加減次第で世界はどうにでも転ぶ。僕はそのノウハウを国連に委ねたんです」
「どうして、そんな事を…」
「負けられない戦いに勝つためです。利己主義が行き過ぎた世界を倒す為に」
「闇に葬るでしょうね。国連もバカじゃない」
「そうでしょうか?」
秀明が視線を通路に向けた。盲鶏が奔放に舞っている。
「駆除を進言するわ。犠牲は仕方ない」
「その一言で貴女達の負けが決まりです」
「?」
「ウイルスは平等に人を殺める。老若男女貧富人種は関係ない。社会は感染終息の為に弱者を優先する。重篤者を放置できないから。人に優しい世界が来る。僕みたいな性的少数派にも…」
「そんな横暴、世界が許さない。関連ファイルの抹消を行使するわ。私がアクセス権限を掌握してる」
リタが操作卓に向かおうとすると再び銃口が吼えた。
「ぐっ…」
仰け反るリタの額に拳銃が突きつけられる。
「杏奈?」
「あたしが責任をもって処分しとくから。構造式もね。特効薬の手がかりも葬ったほうがいい」
杏奈は残弾で二人のとどめをさし、必要な指令を端末に打ち込み。そして最期に自分の胸で引き金を絞った。
「これでいいの。西暦2020年。世界は息を潜める。こんなはっきりとした未来は胸の内にしまっておいた方がいい」
――数か月後
中国、武漢郊外。様々な動物を商う露天がある。籠の中に一羽の盲鶏がいた。娘に強請られて男がしぶしぶ買い求めた。
「ねぇ、パパ。この子。秀明っていうの!」
「何だって?」
「だって足輪に書いてある。それにこれ」
マイクロSDがテープで貼り付けてあった。
「何だろう?パパのスマホで開いてみようか」
息を潜める世界 水原麻以 @maimizuhara
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