20.あんな本も、こんな本もある

 半刻くらいの間、オリヴィアさんに連れられていろんな書棚を見て回った。


「わっ、ユミアさんがお話書いてる。『アクイール少年楽団 舞台裏の蜜愛』……?」

「見ないほうがいい。お願いだから。今のあなたにはきっと刺激が強すぎる」

「は、はいっ」


 ユミアさんの書いた本を手に取ろうとしたら、オリヴィアさんにすごい勢いで止められたり。し、刺激……? 


「あと言い忘れていたけど、眷属の書いたものは小説や詩集などであっても一切持ち出し禁止。人間が読めば『神の眷属がこれを書いているのか』と思われかねないものもあるから。そうなれば信仰者が減ってしまうかもしれない」


 たしかに、それはよくないよね。ただでさえ海神さまは信者さんが減っちゃって力が衰えてるんだもん。



 ☆



 他には――


「あの、ちょっといいですか。どうしても聞きたいことがあって」

「なに?」

「この書棚、たぶん世界の歴史を書いた本が置いてあるところですよね。なんだかここだけ、『そこらの眷属』って名前の人が書いた本が多いような?」

「うー……」

「どうしました?」


 シルヴィアさんは無表情のままだけど。獣みたいな声がちっちゃく、でもたしかに聞こえた。目線もちょっと逸らされたような。

 少し経ってから、シルヴィアさんがぼそっと言った。


「なんでもない。『そこらの眷属』は、わけあって名前を出したくない、あるいは出せない眷属が使う名義。ただそれだけ」

「あー、なるほどです。でも――」


 もう一度、書棚を見る。それぞれの本を書いた人の名前を見る。


「『真なるそこらの眷属』『そこらの眷属でしかない』はなんだかへんてこじゃないです!?」

「変ではあるでしょう。ただ、本当になんでもないから」

「えーっ……そうだ、『そこらの眷属でしかない』さんの本、ちょっとだけ見てもいいですか?」

「いいけど、取り扱いには気をつけるように」

「もちろんですっ」


 その本をそっと取り出してみる。わっ、おっもい……! 表紙には金色の糸が縫い込まれていて、それで本の題名が表されている。『黎明期の世界』でいいのかな。

 本の留め金が固くて大変だったけど、何とか外して。最初のページを開いた。


「まえがき


 まず初めに、創造神がこの世界を――この星を創り出した。十日をかけてこの世界を生み出した創造神は、三日の休養ののちに八柱の神を生み出し、世界の管理を彼らに引き継がせた。八柱の神は各々の力と役割を以て神務を遂行し、今に至る。

 このような世界の原初に関しては人間・各神の眷属問わず多くの研究がなされているが、八柱の神が管理を始めた直後の時代――いわゆる黎明期に関する資料および研究は少ない。そこで、名前こそ出せぬが海神の眷属として黎明期から世界を見てきた私が、語れることを語っていきたい。本書が、余の持つ十億年ほどの記憶が、この世界をより深く知るための新たな一助になることを願う」


 中身はなんとかわかった。世界が生まれてすぐの時代のことをお話しします、ってことだと思うけど……『余』?


「余!? あ、あのっ、これって」

「なに? ……これは、」


 びっくりして聞いてみるけど、シルヴィアさんは本をのぞき込んだっきり動かなくなった。固まったみたいに。


「わたしの確認不足でもあるけど、さすがに『余』はどうかと思う。ついでに言えば、眷属の寿命は筆頭幹部――私たちでいう三智鮮ですら五千年程度だから、黎明期を見てきた眷属が今いるわけがない。隠すならもう少し気をつけてやってほしい」

「やっぱり海神さまなんですね……」

「そう。未来の眷属に向けて自らの知識や経験を残したいけど神ゆえに名前は出せない、ここまではわかる。でも眷属を名乗るのは大嘘では? って主にも言った」


 無表情のままだけど、ちょっとだけ呆れた感じの声。

 そうだよね、海神さまは「そこらの」でもないし眷属でもないと思うよ……。


「海神さま、なんとおっしゃったんですか?」

「『余は創造神の眷属ゆえ、間違いではない』って。事実ではあるけど、うまく逃げられた感じが強すぎて未だに納得いかない」

「神様でも上手なこと言ってごまかしたりするんだ……海神さま、意外と愉快なところもおありですよねっ」

「愉快……?」


 こんな感じで、名前は違うけどどう見ても海神さまの書かれた書物を見つけたり。



 ☆



 あとは――


「あっ、あそこで本探してるの、カストさんだ。こんばんは!」

「これはこれは。なにかお探しですか? わたくしも他の神関連で調べものをと思いまして」

「はいっ。シルヴィアさんに案内してもらっているところです」

「それなら安心ですね」


 この方は書物や学識に関しては頼りになりますから、ってカストさんが言う。


「含みのある言い方」

「おや。具体的にはどのあたりが?」


 オリヴィアさんがぼそっと言う。ちょっとだけ不満そうな声に聞こえた。

 絶対わかって返してそうなカストさん。『書物や学識に関しては』って言いたいのかなあと思ったけど、黙っておこう。


「……言わない」

「左様ですか。なにか困ったことがあればどうぞお気軽に」

「皮肉が言いたいのか純粋に心配しているのかわからない」

「強いて言うならば両方、でしょうか」

「どちらかにして」


 あっ、シルヴィアさんがそっぽ向いちゃった。どうしようどうしよう。わたしもなにか言ったほうがいいよね……そうだ。ちょうどカストさんにお礼がしたかったの。


「カストさん、この間はお手紙の書き方を教えてくれてありがとうございました。おかげで海神さまにもお喜びいただけたみたいです。まだ直接お話はできてないですけど」

「それはなにより。また困ったことがおありでしたら、どうぞお気軽に」

「なんだろう、わたしとほぼ同じことを言われているはずなのに印象が違う」


 シルヴィアさんがちっちゃくつぶやくのが聞こえた。き、気のせいだとおもいますよ!きっと!!


「あまり淑女を夜遅くまで引き留めるわけにはいかないでしょう。このあたりで失礼いたします」


 しっかりお辞儀して出ていこうとするカストさん、なんだけど。


「あのっ、ちょっと待ってください! 他の神様のことで調べものとおっしゃってましたよね。でもここ……男の子向けの冒険小説の棚、みたいですよ?」


 ちょっと違うんじゃないかなーって、声かけちゃったけど。余計なお世話だったかも。

 あっでも、カストさんが慌てた顔をしてる。


「はっ! いいですか、わたくしは何もしていなかった。そういうことですからね。では失礼!」

「えっ、あの――カストさーん!?」

「あれ本当、なんなんだろう。私にもわからない」


 すごい勢いで走って出ていっちゃった。こんな狭い場所で走ったら、棚にぶつかったりしませんか?

 あと、わたしが話しかけたとき、本を手に取ってましたよね。題名までは見えなかったけど。なにを見てたか知られたくなかったのかな……?


 ――そんな感じで、たまたまカストさんにお会いしたりと、いろいろ面白いことはあったけど。


「あぶない、わたしフグさんのお願いを叶えたくて調べものに来たんだった!」

「今思い出したの?」

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