3章 二人のパートナー

1 クラス替え

「明日、入学式?」

「そうよ」

「進学おめでとう。で、どこの高校に入ったんだ?」

「某都立高校」

 四月に入って、春休み最後の日曜日。いつものように自分の部屋でベッドの上に寝転びながら、よしのんさんとスマホで話している。


「某って何だよ。でも都立ってことは都内に住んでるんだ」

「あっ……」

「あ、ってそれも秘密なのか? どこまで秘密主義なんだか。俺は、高校も自宅の最寄り駅も話したぞ」

「聞いてもいないのに、勝手に教えてきたんでしょ」

「まったく」

 小坂は、よしのんさんのことをツンデレと呼ぶが、俺と話している時はツンしか見たことがない。遊園地に行った時の「彼女のふり」は本当に完璧だったから、すっかり騙されているのだろう。


「どこに住んでるとか、どこの高校に通うかなんて、普通に話しても良さそうなもんだが」

「それ聞いてどうするつもり? ストーカー? おまわりさーん、ネットでしつこく絡んできた上に、学校まで来ようとしてますー」

「おーい、ストーカー扱いかよ」

「聞きたい?」

「別に。どこにいようと関係ないし」

「言ってあげてもいいのよ」

「いいよ、興味ないから」

「……」

 教えてなんて言うと、またおちょくられるだろうから、ここは冷たくあしらっておく。


「聞きたくないの?」

「ぜんぜん」

「……世田谷」

「ん?」

「世田谷に住んでる」

 なんだ。実は言いたかったのか。


「すごいな。お嬢様か」

「だーかーらー言いたくないのよ。陳腐なイメージの先入観で判断するから」

「ごめん。でも世田谷でタワマンとか、すごそうだな」

「まったく、どこまで陳腐なイメージなの。このあたりはタワマンなんて無いわよ。うちも一戸建てだし」

 そうなんだ。世田谷なんて、地下鉄で通り過ぎることはあっても行ったことがないから、どんな所か全然わからない。


「世田谷で一戸建てに住んでるって、やっぱりお嬢様じゃないのか?」

「もー、そんなこと言ってると、召使いにするよ。ほら、紅茶をいれて持ってきて!」

「はい。かしこまりました。お嬢様」

「キャハハハ。似合わないー」

「世田谷マダムの母上がお呼びでございます」

「何それ。適当なこと言わないで」

 急に怒りがこもった冷たい声になった。

「え? そ、そんなに怒るなよ」

「怒ってない」

 いや、めちゃくちゃ怒ってるだろ。話題を変えた方が良さそうだ。


「ところで、いつも写真に使っているお姉さんて、本当にデザインとかしてる人なのか?」

「そうだよ。お姉ちゃんは本物のデザイナー。インテリアのデザインをする事務所で働いてるんだけど、イラストも上手だから、そっちの仕事もしてるんだよ」

「へえ。よしのんさんは文章だけど、お姉さんはイラストなんだ」

「私も、小学生の頃マンガ描いたりしてたことあるけど、やめたの。だって、お姉ちゃんの方が圧倒的に上手くて、絶対にかなわないから」

「妹に筆を折らせるって、どんだけ上手いんだ? 見てみたいな」

「お姉ちゃんのストーカーもするつもり? おまわりさーん!」

「だーかーらー、なんでそうなるの」


 部屋の外から、母親が呼ぶ声がした。

「蓮! ご飯よ!」

「ごめん、よしのんさん、夕飯の時間になっちまった」

「わかった。じゃあね」

「おやすみ」


***


 部屋を出てダイニングに行くと、食卓には見慣れた夕食が並んでいた。他の家のことはよくわからないが、うちで出てくる食事のレパートリーは、決して多くない気がする。


「あんたも高三になったんだから、そろそろ本気出して勉強しなさいよ。理系の受験は科目が多くて大変なんだからね。いつも友達と電話ばっかりしてるし」

 顔を見るなり母親が説教し始めた。

「わかってるよ」

「浪人なんかして、予備校に一年余計に通わせるお金なんてないからね。現役で、できれば国公立に行ってくれないと。私大の理系は学費高いんだから」

「わかったってば。飯がマズくなるから、ちょっとその話題やめない?」

 工学部志望で三年から理系クラスになることには、親も文句は言わなかったが、逆に勉強しろと口癖のように言われるようになった。小説を書いていることはバレてないから、部屋に閉じこもっている限り、勉強していると思っていて文句は言わない。こうして食事に出てくる時が、絶好のお説教タイムになるというわけだ。


 適当に聞き流しながら席に着くと、ご飯茶碗を持ってきてくれる。

「ゴールデンウィーク中も、ちゃんと勉強しなさいよ」

「はいはい」

「お父さんとお母さんがいなくても、サボってちゃだめよ」

「わかった、わかった……って、今なんて言った?」

 お説教しているにしては、母親の顔がニヤけている。なんかおかしい。


「ゴールデンウイークは、お父さんと旅行に行くから、その間もちゃんと一人で勉強してるのよ」

「旅行?」

「そう。今年は銀婚式だから。二人でゆっくり南の島に行ってくるんで、留守番よろしくね」

「はあ?」

 ちゃんと勉強しろって、そういう裏があっての発言だったのか? ますます母親の顔がニヤけている。


「め、飯は?」

「ガミガミ言われてマズくならないから、一人で好きなもの食べてなさい。スーパーユアバッグで惣菜買ってきてもいいし。冷蔵庫は、肉なんか入れてといても腐らせるだろうから、空っぽにしていくけど、冷凍食品はいっぱい入れておくから」

「はぁ」

「あ〜初めてのプーケット、楽しみだな〜」


 まったく、受験生ほっぽってプーケットですか。


***


 始業式が終わり、初めて入った三年生の教室は、二年生より一つ上の階にあるので、窓から見える景色が少し広がっていて新鮮だった。一組は、理系進学希望者だけが集められているので、同級生の雰囲気もちょっと違う気がする。


「西原君! 同じクラスだね!」

 石沢さんが満面の笑顔で、手を振りながら近づいてきた。今まで通りの彼女を見ていると、ほっとする。

「最後の一年間、一緒にがんばろうね」

「よろしく」

 仲良くしていたグループでは、石沢さんと俺が理系クラスの一組、小坂と成瀬さんは文系クラスの二組と聞いていた。三組には誰もいない。それ以外の誰がどのクラスかは、まったく気にしていなかったので、黒板に貼ってある座席表を見て初めて気が付いた。

 俺のすぐ後ろの席には「藤里 杏奈ふじさと あんな」と書かれている。


 杏奈さんも同じクラスか。しかも、すぐ後ろの席とは。教室の窓側を見ると、間違いなく杏奈さんがいて、何やら大きな本を開いている。緊張で喉が渇いてきた。


「あ、杏奈さん。お、おはようございます」

「お! 西原。おはよう」

 うまくやっていけるかな……

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