12 秘密の約束

さくらん坊> 水晶さん。屋上に来てください。


 成瀬さんは、立ち上がって教室を出て行った。俺も仕方なく後を追って屋上へ行く。階段の一番上からドアを開けて外に出ると、フェンスの横に立つ成瀬さんが静かにこちらを見ていた。目線を合わせては話しずらかったので、隣に並んで立つ。

 遠くには何人か、たむろしている生徒がいるが、話し声までは聞こえなさそうだ。


「あ、あのさ。俺が水晶つばさってペンネームで小説を書いていることは、クラスでは黙っててほしいんだ」

「どうして隠しているんですか?」

「恋愛小説書いているなんて知られたら、なんて言われるかわからないし」

「あれだけフォロワーがいて、人気なんですから、もっと堂々とすればいいのに」


 隣の杏奈さんたちに知られたりしたら、なんと言われるか。せっかく攻撃されないようになって来たのに、またキモいと罵倒されるかもしれない。美郷にもなんと言われるか、想像するだけで恐ろしい。

「いや、やっぱり無理だ」


「あんなに素敵なストーリーを書けるのに、何を怖がっているんですか」

「それより、何で俺が水晶だってわかったんだ? 最後にメッセージを送ってきた時は、わかってて罠にかけたんだろう?」

「はい。最後は、確信を得るために送りました。最初に気が付いたのは、西原さんがスマホをいじっている時間と、水晶さんの返信コメントが付くタイミングがビッタリ一致していて、あれ、と思ったことからです」

「よく気がついたな」

「ここ数日は、朝と昼休みだけでなく、業間の休み時間にも返信をくれましたよね? 私が授業中にこっそりコメントを書いても、しばらく返信がないのに、休み時間になるとすぐに返ってきたので」

「そういうことか……」


「そう思うと、三点リーダーのことを教えてくれた時の投稿サイトの画面。最初に表示していたのはコメントの返信欄でしたよね。本文ではなくて」

「そこまで見られてたのか!」

「西原さんが水晶つばさだと考えれば、『コラボ連載は再開するから大丈夫』と断言していたのも、つじつまが合いますし」

「ううむ」

 あまりに脇が甘かった。まさかこんなに身近にフォロワーさんがいて、しっかり観察されていたなんて。


「西原さんは、付き合っている彼女さんがいるんですよね? すごくかわいいって石沢さんが言ってましたけど。彼女さんは、西原さんが小説を書いていることを知っているんですか?」

 よしのんさんのことまでバレたら大変だ。知らないことにしておかないと。

「いや、彼女にも秘密にしている」

「そうなんですか? 付き合っている彼女にも秘密だなんて」

「やっぱり恥ずかしくて、言えないよ」


 成瀬さんは、くるりと向きを変えて、正面から俺の顔を見上げた。

「私と一緒に文芸部に入りませんか? そうすれば、堂々と小説を書いていても、誰も何も言いませんよ」

「え、そ、それは」

「今月で先輩達が卒業してしまうと、あとは後輩二人と私しかいなくて。部誌に載せる原稿を書ける部員が少なくて困っていたんです。西原さんが参加してくれたら、とても助かります」

「ごめん。部活だとは言っても、やっぱりオープンにするのは無理だ」

「そうですか。残念です」

 がっかりしたようで、うつむいてしまった。


「なんとか、秘密にしておいてくれないかな」

 ゆっくり顔を上げると、まっすぐに俺の目を見て言った。

「では取引をしましょう。西原さんが水晶つばさであることは内緒にする替わりに、小説の書き方を教えて下さい」

「え? 小説の書き方?」

「今度、全国オンライン学生文芸コンテストに応募するつもりです。そこで上位入賞するために、プロットの起こし方やキャラクターの作り方のコツを教えて下さい。コラボ小説でトップランキング入りした、水晶つばさのノウハウを教えて欲しいんです」


 全国オンライン学生文芸コンテスト。略して全オン文は、新型コロナウイルスの感染症が大流行して緊急事態宣言が出ていた年に始まった、高校生対象の小説コンテストだ。第一回大賞受賞者のあすなろさんは、女子高生のままデビューし、今や文庫本十冊以上を出す売れっ子になっている。


「小説を書くコツなら、ハウツー本がいっぱい出ているよ」

「テキストは読んでいるんですが、自分で書いたものが、それに沿ってうまくできているのかどうか自分ではわからなくて。客観的に読んで指摘して欲しいんです」

「そんな指摘とか、教えるとか、俺には無理だよ」

「このあいだ作品の感想を聞かせてもらった時、とてもロジカルにわかりやすく欠点を指摘してもらえて、すごく参考になりました。ぜひお願いします」

「そうだとしても、俺は公募とか出したことないし」


 目をそらすと、両手の指を絡めて落ち着かなげに動かし始めた。

「……そうですか。こんなことは言いたくないんですが、もし引き受けてくれないのであれば、取引は不成立ですね。西原さんのペンネームと活動は……」

「わかった、わかった。わかったから。引き受けるよ。読んで感想を言ってあげればいいんだろ?」

「はい。ありがとうございます」

 成瀬さんは、また俺の顔を見ると、屋上に来てから初めてにっこり笑った。


***


「で、水晶つばさの秘密を守るために、さくらん坊さんだっけ? その子に小説の書き方指導することにしたの?」

「そう。バラされたら大変だから」

「バッカじゃない」

「まあ、読んで感想言ってあげるだけなら、前にもやったことあるし。大したことないと思うよ」


 夜になって、一応よしのんさんにも電話で、今日の成瀬さんとの一件を報告しておいた。この先、どこで絡んでくることになるかわからないので、注意しておいてもらった方がいい。


「引き受けた理由は他の人には秘密ってことは、もしかして、その子と二人きりでやるつもり?」

「そうなるのかな。確かに、他に人がいると余計なこと言えないかもしれないな」

「うー。作家先生とそのフォロワーさんがずっと二人きりとか、なんか変な気起こしたりして」

「いや、そんなこと無いって。ただ作品読んで感想言うだけだから」

 あれ、顔が熱くなってきた。額に汗が……


「すぐ横に座って、『ここはね』とか、指さしてすり寄ったりするんでしょ。あー想像すると、なんかムカついてきた」

「いやいやいや。勝手に妄想をふくらまさないで。そんなことしないし。大丈夫だから」

 なんで俺が、こんなに気をつかってフォローしなきゃいけないんだ?


「ところで、次の書き溜め分、できた?」

「ああ。できてるよ。これから下書きサイトにアップする」

「オーケー。お姉さんが読んで、じっくり指さしながら感想言ってあげる。覚悟しておきなさいよ」

「だから、何のプレイなの、それ?」


―― 第2章 完 ――

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る