2章 意外な彼女

1 本当にいます

「蓮君さ、正月ってどこか行ったの? 初詣とか」

「いや。どこも行かなかった。ずっと家でゴロゴロしてるか、『アオとハル』の続き書いてたな」

「そっか。蓮君らしいね。そのぼっち感」

「ほっとけ」


 クリスマスにお互いの正体を明かしてから、ちょくちょく、よしのんさんから電話がかかってくるようになった。次のコラボ小説の構想を話したり、たわいもない雑談をしたり、まるで昔から友達だったかのように会話している。今日も、部屋のベッドの上に仰向けになって、年末年始の近況報告中。


「よしのんさんは、どうしてた?」

「長編二つも書いてると、外出してる暇なんて無いから。ずっと部屋に籠ってた」

「なんだ。俺と同じじゃないか」

「同じにするなー!」

 素のままのよしのんさんは、まったく普通の中三女子だ。


「SNSで上げてた、明治神宮で初詣のあと、青山三丁目でカフェ行ってラテ飲んでたってのは?」

「あんなの、お姉ちゃんが行ってたのに決まってるでしょ」

「なんだ、いつもの偽物写真か」

「うるさい。演出と言いなさい、演出と。ところで、新しいコラボ小説のプロット考えた?」

「一応ね」

「よし。どんなものを考えてきたのかな。お姉さんに聞かせてご覧なさい」

 いつものことながら、すごい高飛車。SNSで演出している素敵なビジネスウーマンは、どこに行っちゃったんだ。

「あのさ。お姉さんは違うだろ」

「そう? でもそういうの好きなんでしょ。お姉様に可愛がられるの」

「うぐっ……」

 否定できないだけに、余計もやもやする。ずっと年上だと思い込んでいたよしのんさんに、告白しようとしていたのは事実だ。でも、ここは受け流して淡々とアイデアを説明することにする。


「今度は、あおあおいの友達の芽依めいを主人公にして、新しく後輩の男性キャラを登場させようと思うんだ」

「ふむふむ」

「芽依と後輩君は、アルバイト先とか学校の外で出会って、お互いの日常のことはよく知らない。そこが謎めいていて、お互いに惹かれる。徐々にわかってくる相手の素顔」

「なるほど」

「でも、実は芽依には秘密があって、それを知ろうとすると逃げ出してしまう。謎解きメロドラマ」

「で、その秘密って何?」

「それは……」

 一呼吸置いて続けた。

「後で考える」


「おーい! 肝心なところが決まってないんかー!」

「なんかいいアイデアが浮かんだら作り込むから。よしのんさんも考えてよ」

「わかった。まあ、謎解きも面白そうで、いいんじゃない。さすが水晶先生」

 本名の西原蓮と、ペンネームの水晶つばさを呼び分けているのは、どういうルールだろう。ちょっとからかわれている時は、水晶と言われる気もするけど。

「じゃあ、またいつもの共有サイトに書いておいてね」

「わかった」


***


 二月が近づいて来たので、教室では隣の恋話ギャル達が、毎日バレンタインデーの作戦で盛り上がっている。一年で最大のイベントだから、気合の入り方がすごい。

「ねえ杏奈あんな。かわいい手作りチョコって、どうやったら簡単に作れるの?」

「チョコの会社のサイトにレシピが出てるよ。簡単なのから上級者向けまで、いろいろあるし」

「へえ、検索してみよ。これか!」

「彼にプレゼントするの?」

「そう!」

「いいなあ。かれぴがいて。美郷君にあげるつもりだけど、競争率高そうだからなー」

「ガンバレ! ファイトだよっ」


 黙って聞いているだけで、口出しすることは絶対にないが、美郷のような最低な奴がどうしてモテるのか、一度聞いてみたい。本当に顔しか見てないんだろうな。


「おはよう。蓮」

「おはよう」

 教室に入ってきた小坂は、席に座るなり、隣の恋話ギャル達の様子を見ながらつぶやいた。

「バレンタインデーか。みんな大変そうだな」

「なんか、今年は余裕かましてるな」

「何のことかな? 泰然自若として平常心で迎えていたのは、毎年変わらないがな」

「去年は、絶対もらえる当てがなかったからだろ。それが今年は、本命ステディの石沢さんだからな」

「ふふん。うらやましいか。まあ、君も努力することだね」

 偉そうにふんぞり返っている。


「大体だな、キミは男を磨く努力が足りない。そんなことでは、いつまでたっても進歩しないぞ」

「何だよ偉そうに。俺だってチョコくらいもらえるガールフレンドならいるし」

 つい見栄を張ってしまった。ま、いいか。どうせ信じやしないし。

「はあ? お前に? ガールフレンド?」

「ああ」

「わかった。バーチャル彼女なら、自分の家で好きなだけ画面撫でてろよ。食い物は出てこないだろうけどな」

「いや、リアルの子だから」

「マジか?」

「マジだ」

「いや、あり得ない。毎日ギャル達にいじめられて、とうとう妄想と現実の区別がつかなくなったか」

「違うんだけどなあ」

「わかった、わかった。病院に行く時は付き添ってやるぞ」


 いつの間にか、石沢さんが横にいて心配そうに聞いてきた。

みなと君、何の話してたの? 病院って? 体調悪いの?」

「おお、結衣ゆい。おはよう。いや、蓮の奴がさ、バレンタインにチョコもらえるガールフレンドがいる、とか妄想をほざくから」

「えっ! 本当? すごい」

 え、石沢さんに真に受けられると、ちょっとまずいぞ。

「どうせ、こいつの言ってるのはバーチャル彼女だから」

 石沢さんが期待を込めた大きな目でこっち見てる。いまさら嘘でしたとは言えないぞ。

「い、いや、本当にいるから」


「会いたい! 西原君の彼女さんて、どんな人? 今度ダブルデートしようよ!」

「え、ええ?」

 小坂は、ニヤニヤしている。

「ね、湊君、いいよね?」

「いいよ。蓮が良ければ。どうせ来ないだろうけど」

「わ、わかったよ。会った時に、びっくりしてぶっ倒れるなよ」

「すごい、楽しみ!」

 まずいな。石沢さんにまで言っちゃった。目がキラキラしてる。これは……

 よしのんさんに頼むしかないか?

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