またアルコールのせいにする。

めんたいくりいむ

第1話 電話


突然の着信音にぱち、と目を覚ます。


枕元で小さく震える携帯を手に取ると、画面に表示されているのは彼の名前だった。



「…もしもし」


『あ、もしもし起きてたあ?』



明らかに酔っ払った声色と、少し乱れたリズムで聞こえてくる足音。



「寝てたよ、今何時だと思ってるの?」


『え、ごめんねえ今何時だっけ、

いつお店出たか覚えてないんだよね』



ちらりと目をやった時計は(もう2:00になるよ)と不機嫌そうにあくびをしたように見えた。


私自身は、ついさっきまで寝ていた割にはしっかりと話せているように思う。



「今どこにいるの?」



ゆっくりと体を起こして、膝を抱えて座る。



『さっき最寄りでタクシー降りて、今歩いて帰ってるとこ〜』



ふにゃりという擬音が聞こえてきそうなトーンに、心配と愛しさが同時にこみ上げてくる。


終電を逃してタクシーで最寄りまで帰ってきているのだ、相当のんだのだろう。


頭の中で彼の最寄駅から家までの経路を辿る。


どのルートを使ってどのあたりを歩いているかわからないが、さほど時間はかからないはずだ。



「大丈夫?転ばないでね」



相変わらず覚束ない足取りなのが聞き取れて、内心はらはらしながらも平静を装って心配の言葉を投げかける。


彼の家から決して近くはない場所に住んでいる私には、この夜中に彼の最寄り駅まで行く手段など残されてはいなかった。


否、タクシーを呼べばいい話ではあるのだが、この場所から彼の家までの距離をタクシーで走ったらいくらかかるのだろうと考えると、お金に余裕があるわけではないが故、計算しようとするだけで背中を嫌な汗が伝う感覚がする。


その上、タクシーでこちらから向かうよりも、彼がこのまま家にたどり着くほうが圧倒的に早いだろう。


それも彼が道を間違えずに、転んだりせずに、最短ルートで、無事にたどり着ければ、の話かもしれないが。


今すぐにでも介抱しに行きたいのは山々なのに、無事に帰宅できることを電話越しに祈ることしかできないことが心底歯痒い。



ガチャリ



『ただいまあ』



そんなことを考えながら手に汗を滲ませていると、解錠する鍵の音と、気の抜けた声が聞こえてきてほっと胸を撫で下ろす。



「おかえり」


『靴下〜♪』



鼻歌混じりのような声が聞こえて、素足でフローリングの廊下を歩く音がうっすらと聞こえてくる。


脳内には突き当たりの自室に向かう彼の姿が鮮明に浮かび上がった。


何度も通っている彼の家だ、想像は容易いものだ。



『着替えれる?スーツでしょ』


「あ〜そうだダイブしちゃった」


『くしゃくしゃになっちゃうでしょ!』



まるで母親のようだ、と自分でも思う。


母親か、世話焼きな召使いか。


できればどちらも遠慮したいのだけれど、とゆっくりと着替えているであろう衣擦れに耳を傾けながら考える。



『あ〜…のみすぎたなあ』


「気持ち悪くない?大丈夫なの?」


『とりあえず大丈夫〜』



今にも寝そうな声色に、もうこの電話が終わってしまうことを察して、少し寂しくなる。


いつものみ過ぎて酔っ払うと電話をかけてくる彼の本心はわからないまま、もやもやした気持ちを抱えながら眠る私の気持ちなど、彼は考えたことがあるのだろうか。



『ん…』


「え?」



一瞬、名前を呼ばれた気がした。



『…会いたかったなあ』



息を呑む。


ここで浮き足立ってはいけない。


自分を制しながらひとつ息を吸い込む。



「…え、誰に?」



冗談ぽく、少しの笑いを混ぜて。


鼓動がうるさいほどに聞こえるのを知らんフリして、耳を携帯に押しつけて答えを待つ。



『1人しかいなくない?


…早くまた一緒にのもうね』



そう言葉を残して、彼は寝息を立て始めた。


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