第2話 大好きなえっちゃん
──ガチャッ、ガチャッ。
店の鍵を開ける音が薄暗い店内に響いて、ショッピングモールから続く自動ドアを手でこじ開ける音がする。
間もなく店の灯りが点いて、時間が流れ始めた。
「おはようみんな!」
この声はアルバイトのトリマー、
みんな『えっちゃん』って呼ぶから、オレらの間でも『えっちゃん』で通ってる。
えっちゃんのグルーミングはすごく気持ちいいから、大人気。
ここにいない、家族がいるヤツらも、えっちゃんにトリミングしてもらいにやってくる。
えっちゃんからの朝の挨拶を聞いた瞬間、全員が声を上げた。
「おはようえっちゃん!」
「おはよ! 早くご飯ちょうだい!」
「えっちゃんだ! おはよう!」
──ワンワンワンワン!
──クゥーン!
──ヒーン! ヒーン!
人間の耳に聞こえるオレ達の声は、多分こう。オレ達がどれだけえっちゃんのことが大好きだって叫んでも、伝わらないんだろうな。
えっちゃんは、順番にオレ達を寝床のケージから出してショーケースに移動させていく。
「チッチ、おはよ♡ 今ご飯出すから、おしっこして待っててねー」
「ダダ、おはよ♡ 今ご飯出すから、おしっこして待っててねー」
オレ達には、名前はないと言ったけど、えっちゃんをはじめとする店員のみんながなんとなく呼んでいる呼び名があった。
それぞれ犬種がわかるような、簡単な呼び名だ。
例えば、チッチはチワワのアイツ。ダダはミニチュア・ダックスのアイツ。
隣で寝ていたアメリカン・コッカー・スパニエルは、『アム』なんてシャレた名前で呼んでもらえてる。
本当の家族が付けた名前と、店での呼び名で混乱するからやめてやれよな。
そんなオレはというと……。
「シロー、おはよ♡ 今ご飯出すからねー」
柴犬なのに白いからシローだ。単純すぎるだろ!
ちなみにオレは身体がデカくなったから、夜寝る時も、寝床の狭いケージに入れられることはない。
店が開店しても屋根のないオリの中で広々と遊んでいられる。
ちびっ子達は寝床でおしっこをしないヤツが多い。やっぱり気持ち悪いからな。
ショーケースには、ペットシートが敷かれていて、朝はみんなご飯の前に用を足す。
オレは昼も夜も変わらず、ペットシートがあるから自由にさせてもらってるけど。
──でも……。
こんな生活、全然自由じゃねぇよ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます