魔王と勇者襲来④

 魔王を倒しに来たのは、農家のせがれだった。


 薄汚れたみすぼらしい衣服、アルの鼻くらいまでしかない小柄な背丈、顔だちこそ整っているが、とてもとても勇者には見えない。極めつけは手にした獲物。


(まさかと思って視界に入れないようにしていたけど、アレ、くわだよね? 鍬で殴り込みに来てウルドを倒した?)


 冗談みたいな状況に、笑っていいやら、怒っていいやら、恐れていいやら訳がわからなくなる。


 いや、問題はそこではない。

 これまでアルが読んできた物語の英雄譚にも、身分の高低を問わず変わり者はいた。目の前の相手が農民だろうが商人だろうが野生児だろうが一向にかまわない。

 それよりも気にかかるのは、この勇者だと思われる農家の息子が、この場にいるかもしれない事だ。


 まさかまさか。

 そんなことあるわけない。

 そんな、お約束を外すようなことが……

 アルの動揺を知ってか知らずか、少年が口を開く。


「最近、気候がおかしくなって、魔物が活発になったから。ああ、これがバアちゃんの言ってた『魔王が復活した』ってことなんだって思って……」


(それは、つまり)


 最近暑い。

  ↓

 魔物も活発化してる。

  ↓

 魔王が復活したっぽい。(おばあちゃんが言ってた)

  ↓

 このままだと作物や家畜に被害がでる。

  ↓

 魔王倒そう ←いまココ!!


「ふざけんなああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁっっっ!!!」


 アル、人生二度目の絶叫である。

 勇者がビクリと全身をこわばらせていたがそんなことはどうでもいい!


「アンタ!」

「う、うん?」

「アンタのおばあちゃんって王様とかお貴族様だったりする!?」

「いや、多分ないと思う」

「でしょうね!!」


 計画の意味ないじゃん! と勇者の前にもかかわらず、アルは頭を抱える。

 彼女としてはただの農民を抱き込んでも何の意味もないのだ。

 目前の少年ををうまく取り込めたとして、人間たちの“偉い人”が、見ず知らずの小汚い農民に「魔王倒したんスけど」とか言われて信用するか?


(私ならしないね! むしろ「昼間っから酒かっくらってんじゃねーよ」って追い返すね!)


 アルの脳裏にこれまでの苦労が通り過ぎていく。

 本棚をひっくり返して調べた『魔王っぽい口調とか態度』。(ひっくり返した本をそのままにしていたのでウルドに怒られた)

 衣装棚をひっくり返して探した『魔王っぽい衣装』。(ひっくり返した衣装をそのままに以下略)

 ウルドの部屋をひっくり返して探した『魔王っぽい威厳を出すために必要な化粧道具』。(以下ry……勇者が来る前に死ぬかと思った)


 その結果……

 化粧はなし!

 衣装はウルドが倉庫からとってきた埃っぽくてダボダボで重くて暑くて動きにくい服!

 せっかく練習した口調は「バカっぽいから」と止められた!

 あげくの果てには、襲撃が想定より早かったため本来の交渉場所へ誘導ができず、勇者がに降りてくる始末!


 思い返すほどにこれまでの緊張もすっとんで、ふつふつと腹が立ってきた。

 もういい、と怒りに任せばっさばっさと重ねていた衣服を脱ぎ捨てて、下に着ていた部屋着だけになる。

 迫力あるかなってつけた邪魔な角も、ポイだ。


「!! !? ?!」


 突然の行動に勇者は目を白黒させる。

 が、火のついたは止まらない。


「アンタねぇ、もうちょっと『定番』とか『王道』を意識しなさいよ! 守れとは言わないから、もうちょっと考えてよ! 何もしてないのに害虫駆除気分で知らない農民から鍬で退治されるこっちのこと想像したことある?!」

「え? え、と、ごめんなさい……?」


 感情に任せてダンダンと地団駄を踏む。

 もっと言ってやりたいが、怒鳴るなんてしたことがなかったから息も体力も続かず、ゼイゼイと座り込んでしまう。


 アルは多大な緊張に加えて怒りとこれまで経験したことのない感情の発露で混乱の極みにあったが、勇者しょうねんの方も似たようなものだった。

 強大な怪物だろうと思っていた魔王が自分と同じくらいの年頃の少女で、自分のことを突然勇者と呼んで何故か交渉を始めたのである。かと思えば何が逆鱗に触れたのか、突然叫び出し、頭を抱え、今では両ひざを抱いて座り込んでいる。

 まるでグズる子供のような有様にどう対応すればいいのかわからず、唖然とするしかない。


 沈黙。


 疲れ、ふてくされて座り込む魔王しょうじょ

 それを前にどうしたらいいかわからず途方に暮れる勇者しょうねん


 どのような英雄譚でも世界の命運を決する舞台であるはずの魔王城で、どうしようもなく緊張感のない事態が起こっていた。

 この永遠とも感じられるグダグダな停滞状況に、


「あらあら、アルが初めて元気のいい声を出していると思ったら、これはどういう状況?」


 救いの主しんこうやくが現れた。

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