箱いり魔王の魔王討伐記 ~魔王様は静かに暮らしたい~
柏木椛
箱いり魔王は静かに暮らしたい
勇者の魔王討伐
太古の昔、世界が生まれた。
世界と同時に勇者と魔王も生まれた――と今では伝えられている。
魔王はその強大な力で世界を蹂躙し、動物や植物でさえも意のままに異形へと変容させ、人間を襲った。
勇者は人々を守り、動物や植物を浄化し、魔王へと立ち向かう。
両者は鏡のように正反対で、双子のように似た存在だった。
魔王は幾度倒れてもやがて復活を果たし、その度に新たな勇者が生まれた。
勇者と魔王の戦いは幾年月を越えて繰り返されてきた。
そして今も――
* * *
咆哮が空気を震わせた。
人間が豆粒になったと錯覚するほど広大な広間に、この部屋の主にふさわしい巨大な影が威嚇の声をあげる。
漆黒の鱗に全身を覆われ、爪や牙はその一つ一つが成人男性ほどもあり、それでいて鋭利さを失っていない。爛々と焔を宿した瞳は、その視線だけで相手を焼き尽くすようだ。
禍々しさと同時に生物としての美しささえ感じる異形の巨躯――竜。
生きとし生けるものの頂点ともいえる存在の前に、その男は臆することもなく佇んでいた。
手にした武器を構えるでもなく、怒りも怖れもなく、ただ静かに。
不意に男が地面をけった。
人間離れした速度で一気に黒竜の懐へ飛び込む。
竜はその巨躯にも関わらず男に匹敵する速度で身をかわし、そのまま距離をとる。
同時に口を裂けるほど大きく開き、黒炎を吐き出した。
炎はかすめた柱を瞬時に溶かし、男へと迫る。
しかし男は動じることもなく手にした獲物を打ちふるうと、黒炎は岩に阻まれた水流のように両断され消滅した。
人知を超越した力と力、速度と速度のぶつかり合い。
両者は広間を縦横無尽に駆け、力の奔流は壁面をえぐり地を砕いた。
やがて――
漆黒の巨体がくずおれ、鈍い断末魔と共に粉塵を巻きあげた。
しかし微動だにしない躯を前に、男の表情は困惑に彩られていた。
“魔王”
そう呼ばれるにふさわしい相手だった。
ひとたび彼がこの“魔王城”の外に出れば、数度の瞬きをする間に街は消滅し、堅牢を誇る城壁を携えた王都すらも紙を破るがごとく蹂躙されるだろう。
だからこそ男――“勇者”は戸惑う。
眼前の魔王であったはずのモノからは命を感じられない。
だのにザワザワと胸騒ぎにも似た奇妙な感覚が先ほどから続いている。
勇者は周囲を見渡す。
広間の最奥に豪奢な座があった。
そこで初めてこの部屋は謁見の間であったのだと気づく。
奇妙なことに玉座は巨大ではあるが竜が座るには小さすぎ、形もふさわしくない、人間向けの造りをしていた。
座の裏や側面に書きなぐられたような荒しい文字が刻まれているが、読めない。
やがて玉座の背後の壁に隠し階段を見つけた。
下へ下へと長く続く階段を抜けると、質素ではあるが頑健そうな扉が現れる。
勇者は心臓が大きくはねたような感覚がした。
この扉の先に“魔王”の気配がする。
正真正銘、本物の魔王がこの向こうにいる。
そう確信すると同時に扉を破り、部屋へと躍り込んだ。
「ひうぅっ?!」
予想だにしなかった情けない悲鳴にたたらを踏む。
勇者を出迎えたのは、半ば本に埋もれた部屋で、頭の両側に大きな角をはやし豪奢な衣装に身を包んだ及び腰の少女の姿だった。
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