第15話 桜井鞠

 図書室に入ってすぐに俺は司書の先生に謝っておいた。

 入院をしたこともあって、本の返却日を大幅に過ぎていたのだ。

 俺が入院していたことは司書の先生も知っていたらしく、優しい笑顔で、大丈夫よ、と言ってくれた。

 俺はホッと胸を撫でおろし、小説コーナーの本棚に向かった。


「あれ?なんか懐かしい顔がいるにゃー!」


 次に読む本を選んでいたら、隣から声をかけられた。

 にゃー、という語尾を使うのはこの学校で一人しかいない。

 桜井鞠さくらいまり。俺の一つ上の先輩で、プロの漫画家。そして、俺の秘密を知っているおそらくこの学校で唯一の女子生徒だ。


「お久しぶりです。鞠先輩。一ヶ月ぶりですね」

「そうねー」


 今度は普通の語尾。

 鞠先輩は俺の足をチラッと見た。


「足は治ったみたいだなにゃー」


 そう言って、よかったよかった、何度も頷いている。その度に肩のところで切りそろえられたモンブラン色の髪の毛ががゆらゆらと揺れた。

 鞠先輩は小柄だった。確か150cm弱とか言っていた。俺のことを見上げている髪の毛と同じ色の瞳がキラキラと輝いていた。


「すっかりと、元通りになりました。ご心配おかけしました」

「それはよかったにゃー。ところで、あっちの方は順調かね?」

「どうでしょう?明日編集さんと会って打ち合わせをする予定になっています」

「そうかにゃー。新作も楽しみにしてるにゃー」

「いつもありがとうございます。鞠先輩の感想は参考にさせてもらってます」


 鞠先輩も『久遠真』のファンだ。

 なんでも、デビュー作からこれまでに出版したすべての本を読んでくれているという。有難い限りだ。

 そんな鞠先輩との出会いはいずれ話すとしよう。


「ところでくーちゃん。私のために小説を書いてくれる気になったかね?」

「あ……」


 すっかりと忘れていた。

 そういえば、先輩から頼まれてるんだった。

 

「その顔は、忘れてたにゃー?」

「はい。すみません」

「まぁ、とりあえず検討くらいはしてくれ。そしてもしも書いてくれるのなら、私から担当の方に話を持ち掛けてみるから」

「そんな、俺なんかじゃ力不足じゃないですか?」

「何を言っておるか。私は君の書く物語が好きなんだよ。他の誰でもない君の書く物語がね。もちろん、自分で考える話には自信があるが、それでも初めてだったよ。誰かの小説を読んで絵を描いてみたいと思ったのは。だからもっと自信を持つといいに

ゃー」


 そう言って、鞠先輩は少し背伸びをして俺の肩をポンっと叩いた。

 

「さて、私は本でも探してくるかにゃー。くーちゃん。またねー」

「鞠先輩ありがとうございます。小説の件、考えておきます。とびっきりの面白い話を!」

「楽しみにしてるにゃー!」


 鞠先輩は期待の瞳を俺に向けると、図書室から出て行った。

 

「先輩の期待にはしっかりと応えないとな」


 俺は気合を入れなおし、明日の打ち合わせのために書いたプロットを家に帰って読み返そうと思った。

 

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