第三界 Gの恩恵
なぜ、魔力のないこの世界で魔法を使うことができたのか。
使える条件はなんなのか。
僕はまず、それを考える必要がある。
まず使えた理由についてだけど、これはマジでわかんない。魔法といえば空気中の魔力を使って唱えられるものだから、界に魔力という概念がない<一界>では魔法を使えるはずがないからだ。
でも使えたんだよなあ。
あの時僕は無意識に火魔法らしきものを使ったとみて間違いない。
前界で人々は、幼いころに空気中の魔力の存在を教わり、そこから未就学児最低限の教養として、そのエネルギーをなんらかの形で具現化することができるようになっている。
なら、この界にもわずかに魔力があるってゆーことか?
まあ原理なんて考えても仕方ないか。だってそんなん分かりっこないし。
そ・れ・よ・り大事なのは「どうやったら使えるのか」っていうことだけだ!
そしてそのことに関してひとつ重要なポイントがある。
これがなあ…。なんといいますか…、最悪なんだよなあ。
それは、僕がゴキブリを食ったことで魔法らしきものを使えたということだ。
どういうことかっていうと、こういうことだ。
仮説①ゴキブリのスーパーパワーで身体がパワーアップし、僕自身が炎を吐けるモンスターのような存在になった。
仮説②ゴキブリは実は魔力の塊で、からだに取り込むことによって一時的に魔法を使うことができるようになる。
仮説③ゴキブリを食べることで僕もゴキブリになった。
つまり、この界では、魔法を使うためにはゴキブリを食べることが必須。
ふう。
いや、ふざけんな、と。
何が食べることが必須、だよ。そもそも食べたら火を出せるって決まったわけでもないのに…
まあ、あえてこの中から選ぶとすると有力なのは②だけど、楽観的観点から①を試してみよう。
だってもう僕がそういう体質になってるとしたら二度とあの汚物(G)を食べる必要がなくなるからな!
さて、深呼吸、すーー、はーー、すーー、はーー。
よし。腹から力をいれてーー!!
ごああああああ!
うおろおおおお!
ぎゅらああああああ!!
んんぬぐはあああああああ!!
ひょおおおおお!!
はんなかしゃあああああ!!
うんとこしょおおおい!!
どっこいしょおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!!!!!!
「はあ、はあ」
うん。むりだね。
だろうとおもってたけどさ!
きばったら腹が鳴った。
さっきはほとんど吐いちゃったから空腹感がぶり返してきた……。
あぁ、神よ。非情な方よ。
願わくばこの私めにゴキブリ以外の食材を与えたまへーー。
ん?
ちょっと静かに。足音が聞こえる。
しかもその足音は、こっちにどんどん近づいて……。
「やっと見つけたぞ! 動くな!」
げ!?
そこにいたのはいいカラダした若い兄ちゃん。
身に着けているものからさっきの奴らの仲間だということはすぐに理解できた。
「な、なぜここが分かった! 探知スキルでももっているのか!?」
「ふざけるな!あんなに大きな声で奇声を上げていたらすぐに分かるにきまっているだろ!!」
なるほど。一理あるな。……ってバカなのか僕は!
「あー、あー。こちら井上。公園放火の容疑者を万本木ヒルズ専属第三駐車場奥の路地にて発見。至急応援頼む。」
さーて、やべーよー!!
逃げようにもここは路地。後ろは行き止まり。そして前には筋骨隆々の制服マン。
補足、すっごい強そう。
しかもなんか念話っぽいことしてるんだけどこのひと。
耳に魔道具みたいなのあててるから、それでかな?
んん?
でもこの界には魔力ないよな。あれ?
でもそんなこと、いま関係ないかな。
とりあえず、応援を読んでるっぽいことは分かったかな。うん。
筋肉軍団が、非力な僕ひとりを狙ってやってくるということか。ふーん!
え?詰んでる感じ?
じえんど?
ここで、おしまいなの?
…………いやだ。
いやだ捕まってたまるかあのきしょい制服軍団に捕まったらなにをされるかわかんないんだ下手したら殺されるかもしれない殺されるのは痛くてめんどくさそうだいやだ!!
こいつを殺すしかない。
僕がその思考にいたるまで、一秒もかからなかった。
僕は肉弾戦が苦手だ。なのでこいつをやるためには魔法をつかうしかねえ。
ちょうどいいことにここはいい感じに不潔。
どこにでもいる「彼ら」もこういったところにはいる確率が一段とあがる。
きっとそこらへんに…、あ! 言ってるそばから発見!
お! ここにも、ここにもいる!!
やったあ! ここは群生地だったんだ!! ひゃっほう、フィーバーだぜい!!
多分、こいつらを見つけてこんなに喜んでる人間って全界のなかで僕くらいなんじゃないだろうか。まあ、そんな悲しい推測は置いといて。
「…繰り返す。至急応援を…って!! お前!!!! 何をしているんだ!!」
僕は手の中で不快に蠢くゴキブリたちを天に掲げ、そして。
いっっっきに口に詰め込んだ!!
「容疑者はありえなく不審な行動をしている! 至急! 至急応援を頼む!!」
途端に身体が拒否反応を起こす。胃がねじれ、体中の汁が逆流して、今までに感じたことのない猛烈な吐き気が僕を襲う。
これはやばいいいい死ぬうう!
耐えろ! 耐えろ僕うう!! 吐くな!
手で無理やりこみあげてくるものを胃に戻す。耐え難い苦痛と、脳を蝕む最低な気分。
それを僕は、耐えきった。
これで魔法が使えるはずだ! 魔力よ目覚めろおおおおおおおおおおおおおお!!ぅぷ。
刹那、全身を駆け巡る高揚感と全能感。
あ、理解した。今の僕は魔法を使える。
「…ふふっ」
目の前にいるかつての脅威は、もう幼子のようにしか見えなかった。
「腹減ったーーーーーーーーーーーーーーー。」
それは口をついて出た。
制服マンも人間の本能で危険を感じ取ったのか、腰から何か武器のような棒を取り出し臨戦態勢をとる。
あーあ。バカだなー。逃げりゃいいのに。
逃げても仕方ないとは思うけどね。
「動くな! さもなくばこの警棒で…」
「ごめんなさい。運が悪かったと思ってあきらめてください!」
いっただっきまーす。
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