第5話 活きの良い生贄
結局刻春はその後特に何も言わずに僕を白装束に着替えさせ村のはずれにある滝壺へと案内した。どうやら僕の命もここで終わりを告げるらしい。そこにはすでにもうひとり僕を待っていたであろう人がいた。もしかして「彼」が豊祭神か?
そこにいたのは神と呼ぶのが憚られるようなうさんくさい男だった。高価な宝石をつけたペンダントを首にかけ金色の衣を羽織っているが、その顔は悪意をにじませた嘲笑を浮かべ、まるで値踏みでもするかのような目をこちらに向けてくる。
「お待たせいたしました、豊祭神様。私はこのたび生贄を差し出す役目を授かったこの村の村長の息子であり、次期村長の刻春でございます。以後お見知りおきを」
「おう、君が刻春か。お父さんから年頃の息子がいるとは聞いていたが、こんな優男とは思わなかった。ぜひ味見したいところだがそれは後のお楽しみにしておこうかなぁ」
間違いない。この男が豊祭神のようだ。刻春が妙にかしこまっているところと、本当に彼を食べ物のように物色しながら舌なめずりしてるのがその証。
「さっそくだが隣りにいるふっくらした彼が今回の生贄かな?毎年生贄は
「ご不満でしたか?」
「ふぅん、普通は神に差し出す生贄といえば器量良しの
久しぶりに喰ろうてみるのも悪くない。最も塩分も油分もたくさん詰まってそうだから胃薬が必要かもしれないがなぁ」
「彼は相撲取りですが、いつも道場で転がされてばかりなので塩が体にたくさん付いています」
「そうかぁ塩が効いているな〜、いい味付けをしてくれたものだなぁ。
できるなら一流の料理人のように上からまぶすように塩をかけてほしかったが」
「僕を料理みたいに扱うのいい加減やめてもらえませんか!?」
「え?君は生贄になりにきたんだろう?だがそうやってストレスをためこんだ獲物のほうが汗が滲み出てより一層塩分が濃厚になりそうだからもっと恐怖を植え付けておいたほうが儂にとっては都合がいい。ストレスでよりスパイスが効くなんてますます生贄らしいじゃないか」
「人を活けしめみたいな調理法で傷つけないで下さいよ!あんたまともじゃないですね!僕はこの通り太ってるからたくさん肉も魚も食べてるけどあんたほど楽しそうに食事をしたことはないですよ。こんなふうに食べてたらもっと体が膨れて相撲で勝てるかもしれない!あぁ、せっかくいいアイディアが思いついたのにこれから食べられちゃうんだから意味ないよ、ちくしょー!」
「刻春、君は本当にいい生贄を持ってきてくれたみたいだな。今夜は良い祭りになりそうだ」
「恐縮です」
豊祭神が甲高い笑い声を上げながら刻春を見ていた。刻春は微笑を浮かべながらこの話をやり過ごしていた。正直僕はこんなおぞましい話をぐだぐだ聞いているくらいならいっそのこと早く生贄になりたかった。
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