スケープゴートー村存続の隠し味
舞零(ブレイ)
第1話 受け入れがたい選択
「生贄」この言葉を聞いて肯定的に捉える人間はあまりいないと思う。それは魔術的な儀式を執り行う対価ともとれるし、またあるときは組織が莫大な損失を被らないために個人に責任を押し付け一身に背負わせることをいい、あるいは神への貢物として動物や人間の命を捧げるという意味にも取れる。
こんな役目を担うことになったらひどく落胆し自分の運命を呪うに違いない。当事者以外の立場では自分じゃなくてホッとするのだろう。
だが、俺は今こんなにも自分の立場を呪っている。自分が生贄になるわけではないが、こんなことなら自分が生贄になったほうがましだ。
俺はこれから唯一無二の親友に生贄になってくれるように頼まなければならない。いや、頼むというのは違う。これは村の決定だと報告しにいくのだ。彼に拒否権なんてものはない。ああ・・・なんて顔してあいつにこんなことを・・・。
俺は相撲の道場に来ていた。あいつはいつもここで稽古に励んでいる。もっとも今は稽古が終わってあいつ以外の先輩や後輩の大半は帰路につき何故か一人だけ掃除をしている。こんな話をするのだから周りに誰もいないのは好都合なんだが、やけに年季の入った煤けた道場を必死に磨き続けているあいつの姿を見ると心が苦しくなる。
あいつは何年もこの道場で汗を流しているのにちっとも上達はしないのだが、だれよりもこの道場を大事にしている。毎日練習が終わると一人で掃除をしているのはそんな気持ちの表れだ。丹精込めて磨き上げられた床や壁が夕日に照らされて光沢を放つ様子はまるであいつに感謝しているようだった。
道場の立て付けが若干悪くなった戸を開け、声をかける。
「おう
白刀山がこちらをむいて少し照れながら話しかけてくる。
「いやいや、そんなにきれいに磨いてないよ」
「磨く?いやいや、お前の汗が床に落ちてて光ってるなー、あんまり床踏みたくないなーって言いたかったんだけど」
「そんなに汗落としてないよ!」
「お前の汗踏まないようにつま先立ちでそっと歩かなきゃいけないじゃん。それで足つったらお前のせいだな」
「汗踏んでもいいでしょ?そんなに慎重に歩かなくてもいいじゃん。ていうか僕は君が足つったことを謝るの?」
「そうだよ。汗はお前の努力の勲章だから相撲なんか何にもやってない俺みたいな人間が踏むなんておこがましいからな」
「・・・僕の汗ってそんなにリスペクトされるの?」
「当たり前だよ、お前ほどこの道場で一生懸命頑張ってるやつはいねぇよ」
「・・・・・ありがとう」
「そんなことより早くタオルで汗拭いてくれないか?なんとなく気持ち悪いし」
「絶対努力の勲章だなんて思ってないでしょ」
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